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言葉が通じない怪獣との性交はすべて不同意

 ターミナル駅の雑踏をぬるぬるとかいくぐり、こちらへ向かう小柄な人影が視界に入ると、不意にポートレート撮影の記憶がよみがえった。ファインダをつらぬいて俺の網膜を焼くかと思うほどに印象的だったまなざし、そしてシャッタを切る指先をからめ取るかのような表情の力強さが、やたら鮮明に網膜を駆け巡る。ところが、現実の写真は力強さよりも、むしろおさなさや無邪気さが前に出た、よくいえばあどけなくかわいらしい、悪く言えば未成熟で平凡な人物写真でしかなかった。
 そんな、ちょっと苦い記憶だ。
「お久しぶりです」
 やや上目づかい気味に会釈するマスク顔とあいさつを交わしながら、あの時ポートレートを仕上げながら困惑した、子供のように柔らかく親しげで、そしてあどけない雰囲気を感じている。あの日、カメラ越しに自分が感じた力強い印象や挑みかかるようなまなざしは、できの悪い広告が垂れ流すメイク落とし動画のように消え去ったまま、どこにも感じ取れなかった。
「なんだかんだで忙しかったり、タイミングあわなかったですね」
 無意味な言葉を意味ありげに返しながら相手をうながし、とりあえず駅の人ごみから離れて少しでも静かな場所へ向かう。とはいえ、駅付近にあった落ち着きのある喫茶店はいずれも休廃業しており、かといってチェーンのカフェやファーストフードは避けたかったし、そもそも混雑していて落ち着かない。
「ちょっとはやいけど、食べながらでもいい?」
 あるきながら、相手の意向を確認する。
「いいよ、ちょうどお腹すいてきたところ。そのほうがいいくらい」
「中華とか定食屋とか、そういうのだいじょうぶ?」
「うん、おしゃれなお店じゃなくていいよ、むしろおっさん臭いお店にいきたい」
 小柄な人影は俺をあおぎながら、マスクの下で笑顔を作っている。
 俺もマスク越しに満面の笑みを浮かべつつ「ようわかった。ほな、そういう店いこう」と応じた。
 駅前広場から、かつてはアーケードの一部だった鳥居門をくぐって商店街へ入り、さらに脇の路地へ向かう。ガムテープでツギを当てられたA字看板をかわし、すき間なくはられた品書きや案内のモザイクと化した引き戸を開け、愛想がいいつもりでやたら大きな声の店員に負けないよう「ふたり!」と言いながらカウンター席だけのフロアを横切って二階へ。狭くて急な階段を慎重に登って、相手にビニル張りの丸椅子をすすめる。自分もガタつく椅子に腰をおろし、長年の油煙で照らつく合板テーブル越しに向かい合った。
「こんな感じで良かった?」
「最高っすね!」
 腰を下ろしながらマスクを外す相手に目をやると、そこには満面の笑みがある。自分もマスクを外し、卓上のお品書きに目を走らせたら酒とつまみばかりが並んでいた。定食や麺類のメニューはどこかと思ってあたりを見回すと、油のしみた壁に単品のすすけた札がならんでいる。そういえば、夜に来たのは初めてだったかもしれない。
「なにかおすすめありますか?」
 微妙に戸惑った表情の相手に、俺は「ここのおすすめはターローメン」と即答したが、いちおうニンニクを効かせたとろみあんかけ麺と伝えて、苦手じゃないことを確認する。そうこうしながら自分も注文内容を決め、店員に「ターローメンと肉乗せチャーハン、焼き餃子ひと皿、それから瓶ビールがひとつでグラスはふたつ」と、ゆっくり区切りながら伝え、どうしようもなくおさえがたい照れ笑いをなんとか押し殺そうと無駄にあがき、それをあきらめたところで相手に向き直る。
「そんなにおもしろいっすか?」
「いや、そうじゃない。ただ、妙に照れくさくてね」
「いまさら! なに照れてんすか? 初対面で自分の性嗜好まで語ってたのに」
 思い出した……。
 俺がポートレート撮影するときは、あいまにあれこれ雑談するか、反対に会話は最低限かと極端にわかれるのだけど、目の前でちょっと呆れたような顔をしている相手は、間違いなく前者だった。それも初対面からえらくのりが良くて、待ち合わせ場所で立ち話を始めたときから妙に打ち解けたというか、もっとずっとあけっぴろげな話をしていた。
 そもそものきっかけは、自分がヌード撮影のモデルを募集していたソーシャルアカウントに、相手がちょっとテンション高めな応募メッセージをよこしたのが始まりだ。とはいえ、作例のセミヌード写真にいただいた感想へのお礼を述べつつ、あらためて撮影条件や報酬などを確認したところ、結局ヌードはやめて着衣の路上ポートレートとなった。
 ところが、それから撮影までの間もなんとなくメッセージのやり取りは続き、アップしていたセミヌード画像にも、全裸より着崩してるほうがエロいですよねとか反応して、なんだか変になついてくるなぁと思っていた。すると、なにかのきっかけでイラスト共有サイトのリンクを送ってきた。
 そこには相手がデザインしたかなり際どい女性型VRキャラのラフやイメージスケッチ、荒削りだが妙に生々しい女性型アンドロイドとモンスターが交わるイラストなどがあり、思わず自分も暑苦しいオタク語り丸出しの、それも性的なきわどい返事を送ってしまう。だが、そのへんは相手も予想というか、覚悟はしていたらしい。もしかしたら、期待すらしていたような雰囲気で、盛りにもられたイラストの設定や当人の性指向や嗜好を、こちらを上回る熱心さで語り始めた。
 とりわけ盛り上がったのは、非人間型素体によるVRセックスで、相手はドラゴン型素体によるVRドラゴンカーセックスをなんとか実現しようと、悪戦苦闘しているようだった。やがて通話するようにもなったが、身体に取り付ける振動パッドなどについて、驚くほどの知識や経験を積んでおり、会話しながら動画を観ることもしばしばだった。印象に残っているのは『はやく人間をやめたい』が口癖で、性の対象も決して人間ではなかった。そして気がつけば成人指定作品の紹介記事や、はては露骨なポルノ動画へのリンクまで飛び交うようになっていた。
 会う前のやり取りからしてそんな具合だったから、当日は落ち合った時からすっかり盛り上がって、撮り始めるまでに小一時間ほどかかったような気がする。
 そして、午後の日差しが黄色味を増す中、かまえたカメラのファインダー越しにみえたのは、網膜を貫くかと思うほどに力強く、ふてぶてしさすら漂わせたまなざし……だとおもっていた。だが、撮影の記憶はどうであれ、いまここで目の前にいるのは、たのしげにかわいらしく笑うひとりの若者だ。
 ともあれ、まずはビールで乾杯からのごあいさつ。

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