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いつの日も忘れずに笑って、


2019年3月16日

あなたの舞台を見に行けると朝からワクワクしていたこと、珍しくわたしがピンクの服を選んで着て行ったこと、舞台に行く前にシェイクシャックでハンバーガーを食べたこと、そんなことまでまだ鮮明にあの日を覚えています。

沙也加ちゃんが大好きだということを、ある一定のお友達には公言していて、舞台が行われる会場のことについて教えてもらったり、チケットを取ることを協力してもらっていました。
自分の中だけで好きなものを保有しておきたい、そんな性質があるからほとんどの人に公言せず、ひっそりと応援していました。

あなたの、あの日、あの時、あの瞬間、どんな気持ちだったのか、なぜそうなってしまったのかを考えてしまうけれど、消えたいと思うときって多分きっと何分かの夜の闇に迷いこむときで、生き急いでいたのだったとしたら、多分その中で越えられない1秒1分が来てしまったのかな、と、でもこれは、わたしたちがいくら想像しても分からないことで、どうか安らかにと願うことと祈ることしかできないからこそ、ニュースで知ったときは言葉を失ってただただ涙がこぼれました。

わたしが沙也加ちゃんに出会ったのは中学生の頃でした。
その頃からブログが流行り出した時代で、沙也加ちゃんもアメーバブログで日記を書いていたのを何気なく見たことが好きになったきっかけでした。
そこには時々、通常の日記や番宣ではなくて、詞が書かれていました。刹那で儚くて、時に氷のように寂しい歌詞のようなポエムがそこには綴られていたことをはっきりと覚えています。その言葉の羅列が繊細で上手でわたしはとても大好きで、スクリーンショットというものがまだなかったガラケー時代だったからこそ、わたしは鮮明にその言葉を頭に刻みこみました。

沙也加ちゃんのスタイルブックが出るときも、すぐに予約して買いに行きました。
仕事で、彼女のサイン会に行けなくて悔しかったです。彼女の可愛さがそこには全開で、何度も見返しました。

ディズニー映画は苦手です。ディズニーに行くことや遊ぶことは好きだけど、なぜか映画は苦手でした。それでも、沙也加ちゃんの歌が聴きたくて見に行きました。あなたの透き通った唯一無二のその歌声は誰にも真似できない素晴らしいものだと映画館で一人、感動しました。

TRUSTRICKとして活動し始めたとき、また歌詞を書いて歌を歌ってくれることに嬉しさが爆発しそうでした。わたしはずっと、自分の気持ちの寄り添えるものを探しながら生きてきたから、また巡り会えると胸を高鳴らせました。
一人行動に対してなんの躊躇もないわたしは、TRUSTRICKのライブも一人で行きました。沙也加ちゃんをすごく近くで見れて震えそうになったこと、その時たまたま隣にいたお姉さんが「こっちおいで、もっと前で見よう」と声をかけてくれて優しかったこと、忘れません。

とっても可愛い見た目に、その服装やメイクはわたしが真似できるものではないし、どちらかというとわたしの好みではなかったけれど、何歳になっても自分の好きなものを着て、そしてそれが似合うこと、それを貫く強さを感じていました。
そしてその可愛さ以上にあなたの書く少し難しく寂しい歌詞が、透き通る歌声が、真剣に向き合って作り上げた舞台が、あなたのキラキラした大きな瞳が、明るさが、優しさが、笑顔が大好きでした。

キューティーブロンドは初演も再演もどちらも観に行きました。サーヤとみんなから慕われた座長で真ん中に立っていたあなたは本当にキュートで強くて何度も何度もその姿を見たいと思いました。
グッズが売り切れる前に欲しいこともあって東京まで出向いて見て、そのあとどうしてももう一度元気を可愛さをキュートさを見たいと思って大阪のチケットを取って、珍しくピンクの服を着たいと思ったわたしを、沙也加ちゃんみたいになれないけれど、その日は少しだけ自分もかわいいと思えるような思わせてくれるようなそんな日だったことを思い出の中から引っ張って頭の中を支配させた一日でした。


リンドールのチョコレートを好きになったきっかけも、あなたでした。いつしかのテレビでチョコレートが大好きとリンドールを紹介して、わたしはすぐに買いに行ったこと、そしてそのチョコレートがわたしの大好物になったこと、リンツに行くたびにこれからもそんなことを思い出すのかな、と思います。


わたしには松田聖子というバックグラウンドは全く見えてなくて、ずっと神田沙也加として知って、決して親の七光りではなく、あなたがあなたとしてたゆまぬ努力をして得てきた今の場所で生きて活動していることを、同じ一人っ子として育ってきた強いあなたを、おこがましいにも程があるけれどなぜだか妹みたいな気分で応援していました。

35歳の12月まで生きてみたら、わたしもなにか分かることがあるのかもしれないです。もしかしたら、なんにも分からないかもしれないです。
10月生まれのあなたが必死に生きた35歳と少しまで、わたしも生きてみたらなにかを感じるのかな、と、だからこそそんなことを目標に生きることは本当は怖いことなのかもしれないけれど、わたしはわたしとして頑張って生きよう、とそう誓いました。

白くて細くて笑顔が多幸感に溢れた可愛いあなただったけれど、壮絶なイジメにあってきた過去、居場所を探し続けていたであろうこと、いつも壊れそうなガラスで出来ているような気がしていたのはたしかで、いつの日かどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと感じたことはありました。


沙也加ちゃん。
本当に本当に信じられません。
あなたがこの世に残した言葉や音楽、舞台、わたしの中でずっとずっと永遠です。あなたがいつかの歌詞に書いたとおり「色褪せない永遠の人」です。苦しくなったら悲しくなったら寂しくなったらあなたの歌をこれからも聞くし、道標にします。
SAYAKAの歌で好きな歌は、デビュー曲の「ever since」はもちろん「水色」と「上弦の月」がお気に入りでした。
TRUSTRICKで好きな歌はダントツで「Loveless」でした。先週、久しぶりにこのLovelessをわたしはリピートして聴いていました。

わたしはあなたのこと、これからもずっと大好きです。同年代のあなたの紡ぐ言葉が、歌がミュージカルがわたしの心の救いでした。たくさん救ってくれてありがとう。


神田沙也加さん、心よりご冥福をお祈りします。



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