[理系による「カルチャー」考察] "Winny"をエンジニアとして振り返る

映画で話題になっているので、自身は"Winny"ど真ん中のリアルタイム世代なので、なぜ今これほど話題になっているかも含めて、振り返り・考察したいと思います。

"Winny"は2002年ごろに世に出た今で言うファイル共有フリーソフトです。端的に言うと、自身のPC内の指定したフォルダのファイルは他者が自由にダウンロードできる・逆もしかり、ただしファイル共有者本人は誰かは分からない、という仕様になっています。たしか、ファイル共有のリクエスト・許可の機能もあったような記憶があり、匿名性が担保された状態における"give and take"な条件においてファイル交換もできた気がします。

2002年当時はADSLというブロードバンド、つまりいくらネットにつないでいても金額は固定、という今では当たり前なネット環境がようやく始まったぐらいで、その中で希少性の高いデータ・ファイルを手軽に無料でゲットできる"Winny"は非常に重宝がられました。また、ウィルスやネットからの情報漏洩の危機管理も今に比べるとかなり希薄で、PCリテラシーの低い人が"Winny"を使っている状況を目の当たりにして(最悪の場合、設定を間違えてPC全体が共有状態になっていた…)、驚愕したとともに、ちょっと危ないな、と思ってすぐに使うのを止めた記憶があります。

その後、"Winny"の開発者が逮捕された➡開発者が悪いのではなく、違法ファイルを共有したやつが悪いんだろうが、のニュースを見て、そのころは職業としてエンジニアになっていたので、なんとも言えない気持ちになったのを覚えています。

上記や当時の2ch住民文化圏の認識が恐らく映画化されていると思いますが、振り返りはここまでとして、なぜ今こんなに話題になっているのかを考察します。

理由は、ChatGPT、です。(が、ここで注意点として、"GhatGPT"はワードがバズっているだけで、本質は"AI"なのですが、GhatGPTのほうが伝わりやすいので、このままGhatGPTで説明します。)
ゴリゴリ理系から見て、"Winny"と"GhatGPT"、の革新性と今後の社会に与えるインパクトに関して共通項が多いです。

具体的に、著作権の観点からまとめます。

"Winny"はネットにおける著作権付きのデータをどのように共有するのが正解なのか?の問題提起を行いました。なぜなら、そのころ、この問題に明確に答える回答がなかったからです。(今もグレーでNFTが解の1つですが…)

"GhatGPT"に関しては、GhatGPTを通して作成した文章の著作権は誰なのか?を問題提起することになると思います(というか、現在進行形で提起しています)。嚙み砕いて説明すると、GhatGPTで出力される文章は、あらかじめ学習用のデータを入力する必要があります。で、GhatGPTは学習した文章に近しい文章をアウトプットします。ここで、学習した文章に著作権がある場合、GhatGPT出力した文章は公で使えないことになっていますが、その文章がどのデータで学習したかをいちいちチェックするのはかなり困難な作業です。また、著作権ありの文章を学習したGhatGPTから出力した文章を再度学習させ、その後GhatGPT出力した文章はどういう取り扱いになるのでしょうか?

というで、今後の”GhatGPT"の使い方・あり方を考えるうえで、Winnyと取り巻く一連の騒動を振り返るのは意味がある行為だと思われ、それが話題になっている要因と思われます。また、”GhatGPT"を直近積極的に利用するのはエンジニアになると思われるので、映画"Winny"を見るのは、恐らくほぼ理系の方だと推測します。

ということで、ゴリゴリ理系の自身も観に行こうか迷ってます…。


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