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見仏記 9

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幼少のころから仏像に魅せられていたみうらじゅんと、仏友・いとうせいこうが国内外の仏像を訪ね歩く、仏像ブームのきっかけとなった人気シリーズ「見仏記」。 33年前の1作目の末尾で「三…
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記事一覧

見仏記 9 2-6

 十時半過ぎにバスが宇都宮駅に着くと、早くも二分後にはまた朝と同じタクシー乗り場にいた。
 車に乗って、住所を言い、場所を検索してもらう。
 大関観音、というのが次の目的地だった。
 二十分ほど行くと、新興住宅街の中に迷い込み、あたりの人を呼び止めて聞いてもらってもなお、大関観音に関係する寺は出てこなかった。まさかそんなところに寺社があるはずもないといった、民家と公園しかない場所だった。
「キツネ

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見仏記 9 2-5

 前日は上野駅から東北新幹線に乗って宇都宮まで行き、そこで思いきり焼き肉を食べて(アウト老)、ビジネスホテルに泊まった。
 翌朝八時にフロントで待ち合わせると、旅程表通りにすぐ駅の西口へ行く。バスに乗るためだ。すると、目指す6番のりばから「大谷経由」の便がちょうど出るところだった。
 がしかし、見ればそのバスに乗るために、学生たちが長い列を作っており、列は遠くの階段の上まで続いていた。我々の足は止

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見仏記 9 2-4

 まずは改修されたきれいな常楽院の本堂に移り、厨子入りの阿弥陀三尊を見せていただいた。優雅に腰をあげた脇侍の観音、勢至(せいし)の姿も同時に堪能する。
 さて、問題はその奥の長細い厨子であった。
「こちらですか?」
「はい。まず右側を開けます」

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見仏記 9 2-3

 前夜は、オシャレでテレビもないベッド中心の部屋で、みうらさんと私はまず自主ラジオ『ご歓談』をiPhoneひとつで録り、面白い話をするというよりただただ友人同士の無駄話に終始した。それで満足であった。
 翌七月二十六日、旅程表から逆算するとホテルを出るのが六時半。みうらさんの要望で五時半に起きた我々は、前日コンビニで買ったサラテクトを渡しあって虫よけをし、みうらさんが用意してきたUVカットの日焼け

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見仏記 9 2-2

 鎌倉らしい、山を見事に切り崩した切り通しなど見ながら、あじさいの余韻がまだわずかにある細道を行くと、約束の時刻より十五分ほど早く佛日庵に着いた。円覚寺の塔頭(たっちゅう)寺院(独立寺院)のひとつである。
 待つつもりだったが、境内右側の寺務所で若い女性が受け付けてくれ、玄関から中に招じてくださると、ご住職は奥の部屋で短パンを履き替えるところだった。申し訳ない。
 やがてカジュアルで明るいご住職に

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見仏記 9 2-1

 これまで三十年以上、みうらさんと見仏を続けてきて、意外に関東を回ったことがなかった。中部だと名古屋や長野あたり、そこを日本海の方へ突っ切って新潟方面などへ行った。
 しかし仏像の紹介本を覗く機会があると、関東にも古くて見事な仏像が存在することがわかるし、時にはそれが運慶作であったする。浄楽寺などが有名だ。
 にもかかわらず足を延ばしてこなかったのは、ひとつにはさすがに詣でるべき寺社の数自体が少な

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見仏記 9 1-6

 櫟野寺から甲賀駅まで送っていただいたあと、さてどこに行こうかということになった。まだ午前中であった。
 對馬さんとは午後二時時過ぎに八日市(ようかいち)の駅で待ち合わせで、そこまではいわば自由時間というのが我々に与えられたスケジュールであり、四つほどの選択肢が用意されていた。
 最後に訪れる瓦屋禅寺(かわらやぜんじ)まで三十分以内で行ける寺がふたつ、一時間以内の寺がひとつ、そして太郎坊天狗で有名

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見仏記 9 1-5

 早朝、みうらさんが息をひそめて暗い部屋を出るのがわかった。スマホを見ると六時半。朝風呂を浴びに行ったのだろうと思い、私ものんびり宿の階下に向かった。
 案の定、みうらさんは露天風呂にいた。陶器の壺のような風呂がふたつあって、ひとつずつが大人三人入ればぎゅうぎゅうという作りだった。私は迷わず湯気の立っているみうらさんの壺に入った。
「いやあ」
「いいねえ」
 みたいな朝一番の会話だったが、それから

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見仏記 9 1-4

 午前十時にタクシーへ乗り込み、琵琶湖のもっと北、安念寺(あんねんじ)へ向かった。
「前に聞いた時は、十軒で世話されてると言ってました」
 すぐに對馬(つしま)さんがそう教えてくれた。安念寺の世話方さんの話である。
 少子化も進み、寺の維持は大変だろう。
 ただその日の天気だけはむやみによく、いわゆるピーカンであった。そのことを言うと、みうらさんはすぐに引っかかった。

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見仏記 9 1-3

 前日はホテルの隣のおいしい焼鳥屋に早くも開店直後の夕方五時には入り、モクモク立つ白い煙に負けない熱さと濃さをもって仏像を語った。
 そしてそのままえんえんしゃべり続けながら焼鳥屋を出てコンビニまで歩き、なぜかシート状の美肌パックを二人分買って帰った。とにかく見仏にお肌のケアは大切だとみうらさんが力説するからだった。
 こちらがボロボロでは対面する仏に申し訳が立たないみたいな、その場しのぎのヘリク

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