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【ひとり論考】プレアビヒア編

先日プレアビヒアを散策し、自分のあまりの知識不足に愕然とした。プレアビヒアを歩きながら何かを考えられば格好良かったのだが、息を切らしながら石段を登り、幻想的で素晴らしい景色に見惚れるばかりで、考える余裕など全く無かった。

しかし、暫く経つと、パワースポットから何かを貰ったのか、本来、知っておくべき事項や考えておくべき事柄は沢山あるように思えてきた。

沸いてきた疑問は以下のようなことである。

・そもそも当地の帰属を巡るタイとカンボジアの諍いはいつ頃から始まったのか?
・タイもカンボジアも、お互い何を論拠として領有権を争い、何が論点となっていたのか?
・現在の小康状態となっている治安は今後継続しそうな見通しなのか

等々

知見が無いことにも見通しもない。皆目分らなかいことだらけなのである。

プレアビヒアの「世界文化遺産」としての価値や重要性について知っておくことももちろん大切だろう。しかし、「価値」を知ることの意義が、どうも良くわからない。

由来や歴史も大事であろう。寺院がいつ建てられたとか、誰が建てた(王様の名前)とか、寺院の名前の意味とか、彫られているレリーフの意味等である。知っておいた方が楽しめることは確実だ。だが、こちらも「楽しめる」ことの意義が、しっくり来ない。

私の職務上の立場の関係はある。タイをベースに仕事し、事業企画の観点から周辺国も担当する身だからである。しかし、正直、当地は、現在のビジネスに直接は関係ないように思われる。

そんな近視眼的なことよりも、以下のようなことのほうが視点として大切なのではないかと思えてきた。

・当地の領有権問題がタイとカンボジア両国関係においてどのような意味を持ってきたのか?
・時期によって、領有権問題が持ち出されたり、持ち出されなかったりする理由はなにか?
・領有権問題とはそもそも何なのか?(そこだけを切り出して意味があるのか?)

即ち、

プレアビヒア(タイ側の呼称はカオ・プラ・ウィハーン)の領有権問題というのは、より重要な問題を考える上での1つの切り口に過ぎないのではないか?

ということである。

そこで気が付いたのは、タイとカンボジアについて、それぞれの立場からみた領土認識や歴史的な経緯を理解しておくことの必要性である。

そんな思いで、少し間口を広げて、自分なりに調べられた範囲のことをここに記すことにした。調べていくうちに、日本人として知っておくべきと思われる興味深い事実にも遭遇した。既に知識のある方にとっては、冗長かつ退屈な内容かも知れないが、自分自身がそうであったように、初めて知ったという方もいるだろうと信じている。

結果として、当初想定していたよりも長くなってしまった(当初は1回読み切りにするつもりであった)。その為、6回に分けてご紹介させて頂くことにしたい。

なお、6回に分ける本メモの各回の見出しは以下を予定している。(若干の変更の可能性はあり)

(1)「タイから見た領土認識」
(2)「カンボジアから見た領土認識」
(3)「プレアビヒア領有権を巡る国際司法裁判所の判決」
(4)「タイから見た領土喪失と一時的な失地回復」
(5)「タイのプレアビヒア占拠と撤兵」
(6)「カンボジアでの反タイ暴動とその背景」

あくまでも個人的なメモであり、文献等で確認できたことのまとめに過ぎないが、当メモが当地域に興味を示し理解してみようとする方にとって、何かのお役に立てば幸いである。


(1)「タイから見た領土認識」へ

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