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5. チラリズム

[これまでの経緯]
1. もちろんロン毛おじさんです
2. カガヤンデオロ到着の前夜
3. 青春、再び
4. ファーストミッション


[前回まで]
カガヤンデオロでの初日を無事に過ごす。
3人がカガヤンデオロに来る前から、マニラの現地スタッフがオペレーションに間に合わせるために講師採用を始め、オフィスとは別の場所でトレーニングを開始していた。
それを見学するため、トレーニング会場となっているホテルに向かうことに。
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ホテルの会場に到着し、トレーニングを邪魔しないようにゆっくりとドアを開ける。
そこには10名程度の採用された講師たちが真剣にトレーナーの話に耳を傾けていた。

30分程度トレーニングの様子を視察した後、邪魔をしないようにこっそりと部屋を出た。

おそらく、突然来て、何もしゃべらずに帰ったため、一体あの人たちは何しに来たのだろうと講師たちは不思議に思っていたはずだ。

それでいいのだ、ミステリアスな男性がモテるんだ。

まずまずな第一印象を残すことができた私たちは、満足げにオフィスに戻る。




今回の会社の立ち上げの背景は少し複雑である。
実は我々3人がジョインする前から、マニラオフィスと東京オフィスによってクロスボーダープロジェクトとして進んでいた。
故に、まずは何がどこまで準備されているのかという進捗を確認するところから始まる。

役割分担はロン毛さんがCEOとして会社での最終意思決定と日本側とのやり取り。基礎代謝さんがITインフラ周り。そして私はそれ以外。となっていた。



担当範囲が広いため、何から始めればよいのかわからない私。
ひとまず、トイレが綺麗な会社は良い会社だと聞いたことがあったので確認することに。

新品の便座が並び、フィリピンでは珍しいくらい隅々まで掃除が行き届いている。

なんだ、既に良い会社になっているではないか。



一方、ロン毛さんは難しい顔でパソコンのスクリーンを見つめている。
そういえば、最近婚活サイトに登録したとか言ってたな。



そして、基礎代謝さんはどこで買ってきたのかわからない紫色のパンを、一人でむしゃむしゃと食べていた。






実は当時、3人とも同じ難しさを感じていた。

それは、クロスボーダープロジェクトの中で事前に想定して準備されていたものは、実際に会社のオペレーションを始めるときには適用できそうにないなということだ。

例えば、学校向けにオンラインレッスンを提供する際のプロセスやルールが細かく決めていたようだが、実際に始めてみると想定されていなかったことが多々発生し、準備されていたものをそのまま適用できないどころか、それがマイナスにすら働いてしまうといったことが頻繁に起きたのである。
これは当時のプロジェクトメンバーの力量云々の話ではなく、当然、未経験のことを正確に想定することは難しい。


そのため、新しく仕組みを作る際は「大枠を作り、スモールで運用して、必要に応じて後からルールを決めていく」ことが重要であることを学んだ。


一方、膨大な時間を費やして準備をしてくれていたスタッフへの配慮をしながらも、すべてゼロから作り直し、徐々に移行していくという難しさにも直面した。

最終的なゴールイメージを描き、それに向けて無い仕組みをゼロからどんどん作っていくことと、すでに走っている仕組みを変更していくというスピード感の異なることを同時並行で進めながらも、ある必要なタイミングでクロスさせる。
そんな時期が最初の1年くらい続いた。





カガヤンデオロに到着してから1週間後、トレーニングを終了した最初の講師グループがオフィスに戻ってきた。
前回、トレーニングを見学した際は挨拶をすることができなかったので、3人は講師の前で自己紹介をすることにした。

まずはCEOであるロン毛さんから。






ロン毛: 「My hobby is finding my future wife. (趣味は将来の奥さんを見つけることです)」

ここぞとばかりに独身であることをアピールするロン毛さん。
常に可能性を探り続ける攻めの姿勢、見習いたい。



ロン毛: 「I don’t like routine tasks because it’s boring. (ルーティーンタスクは嫌いです。なぜならつまらないからです)」

これから毎日毎日、日本人の生徒に向けて英語を教え続けるというルーティーンタスクをこなすことになる講師に向かって、しょっぱなから彼らの仕事を全否定するロン毛さん。
どんな状況でも、常に自分を貫くその姿勢、見習いたい。



ロン毛: 「By the way, I’m not a yakuza. (ところで、私はヤ〇ザではありません)」

誰もヤ〇ザだなんて言っていないにも関わらず、唐突な告白。
確かに風貌からすると、そう見えないこともない。
常に先手先手で将来のリスクを回避するその姿勢、見習いたい。



続いて基礎代謝さん





基礎代謝: 「I love my family. (私は家族が大好きです)」

家族団らんの写真をスライドいっぱいに映し出す基礎代謝さん。
フィリピン人にとって家族を大切にしていることは非常にポイントが高い。
一瞬にして、講師たちが基礎代謝さんに対して尊敬の念を抱いていることが雰囲気から伝わる。



基礎代謝: 「My hobby is travelling. (趣味は旅行をすることです)」

今までに訪れた国内外の写真を披露する基礎代謝さん。
またもや「Wow~」という興味津々なリアクション。
聴衆は確実にひきつけられている。



基礎代謝: 「I can speak German because I studied abroad in Germany. (ドイツに留学をしていたのでドイツ語を話せます)」

これまた盛り上がる。
お決まりのようにドイツ語で少し喋ってほしいとのリクエストが来る。
そして、少しためらった表情を浮かべた後、流暢なドイツ語を披露する基礎代謝さん。
その瞬間、盛り上がりがピークに達する。

興奮した様子で何て言ったのかと聞く講師たち。
すると基礎代謝さんは少し恥ずかしそうに答えた。




基礎代謝: 「I said “My favorite Filipino food is the long black sausage.”(『好きなフィリピン料理は長くて黒いソーセージです』と言いました)」




今までの盛り上がりが嘘のように静まり返る講師たち。



『長くて黒いソーセージ』



私には、基礎代謝さんがホテルの朝食にでてくるソーセージのことを話しているということがわかる。

それはロンガニーサという豚の内臓を腸に詰めたもの。
それは基礎代謝さんが、こんなウ〇コなら毎日でも食べたいと言って我々を困らせた食べ物。


そんなことは知る由もない講師たちは、何とか笑顔だけはキープしている。
さすが”The City of Golden Friendship”の市民たちである。


ここは後輩として何とか助け船を出さなくてはならない。
しかし、私は不甲斐なく何も言うことができなかった。



これは基礎代謝さんが、人気者になってほしくないという私のエゴからだろうか。
このまま、基礎代謝さんがそっち系の人だと思われれば、おもしろいなと思ったからだろうか。
いや違う。


完全に私の英語力が不足していたのだ。






英語学習に関して、各々が様々なゴールを持っていると思う。

「英語で世界中に友達を作る。」

「英語で海外の人と交渉できるようになる。」

「英語でブロンドの女性を口説けるようになる…etc」

そんな中、




「とっさの下ネタに対応できるくらいの英語力を身につける」



この瞬間、これが私にとっての英語学習のゴールとなった。


そうだ、早速、わが社で下ネタ対応教材を作ろう。
下ネタは世界共通。
きっとビジネス英語に続いて需要があるはずだ。






あれから、もう二年以上が経っている。

今の自分は、あの時なりたかった自分になれているだろうか。


正直、自分ではまだわからない。

ただ、一つ確かなことがある。



そう、僕が守りたかった基礎代謝さんはもうここにはいない。

ちょっとした後悔が残る。



親孝行したいときには、もう親はいない。
そんな心境に近いかもしれない。



人生とはそんな矛盾の連続なのだろうか。



そんなほろ苦い思いを抱きながら、



ふとした瞬間に、



彼の使っていたデスクを



遠くから



さりげなく








チラリズム。



つづく。

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