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【3分で読める掌編】『見えぬモノ』


すべて、流れてしまった。
あたりに広がる木々の枝や瓦礫の山を、僕とおばあちゃんは呆然と眺めていた。

小学生の頃から15年間。
僕は、毎年お盆になるとおばあちゃんの家に帰省した。

今でも鮮明に脳裏に蘇る。
廊下を歩くときの木の軋む音。台所に仄かに漂う床漬けの香り。
家族で囲む温かい食事。

小柄で、しわしわ顔の祖母は、僕の知らないことを何でも知っていた。
日本の歴史だったり、難しい言葉だったり。
縁側に座って、夏休みの自由研究とかも一緒に考えたっけ。
おばあちゃんが楽しそうに笑うと、僕も不思議と笑顔になった。

だけど、陽だまりのような時間はそう長くは続かなかった。

ここは宮城県塩釜市。平成23年3月11日、それは突然起こった。
僕の想い出を、「あいつ」は流していったのだ。
粉々に。躊躇なく。さも当然のように、すべてを喰らっていった。

――あれから5年。
追憶から戻り、土地の権利書を手にした僕は、ぼそっとつぶやく。

「……なんか寂しいね」
思わず目を伏せる。

すると、おばあちゃんが、あっけらかんと言った。

「ここにあるっちゃ」

僕は顔を上げて、祖母の目をまじまじと見た。
彼女はしわしわの顔をもっとしわしわにして、僕に微笑んだ。

おばあちゃんは何でも知っている。僕の気持ちも全部お見通しなんだ。

そっと瞳を閉じて、胸に手を当ててみる。
それは確かに、流れず、色褪せず、ここにあった。

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