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グルメ漫画の系譜について考える

食べ物を題材として漫画が好きだ。私自身が飲み食いが好きだからだろうか。
食べ物を題材とした漫画(以下グルメ漫画と総称)をいくつかのグループに分けてその特徴、変遷について論じてみたい。

結論は
奇抜な工夫系
料理は心系
ディティールを凝らしたウンチク系(情報漫画)
の流れを注いで
現在、
食欲に焦点を当てたグルメ漫画
が流行している。
各ジャンルは緩やかに重なり合いながら、問題意識を継承、克服する形で生まれてきた。
というものだ。

取り上げるのは
「ミスター味っ子」(とその派生作品)
「鉄鍋のジャン‼︎」
「美味しんぼ」
「神の雫」(とその派生作品)
「孤独のグルメ」
「ダンジョン飯」
「空挺ドラゴンズ」
などだ。

今回は各漫画がいかに食べ物の魅力を伝えようとしているかについて注目する。
絵とセリフで表現する漫画において、グルメ漫画とは漫画の表現の限界に挑戦するジャンルと言ってもいいかもしれない。食べ物の主たる部分とは味と匂いだろう。漫画はその二つをどうあっても直接は表現できない。直接表現できない対象をどう扱うのか。だが、それは、多かれ少なかれ、漫画がどんな対象を表現する際にも言えることだ。無限に複雑で大量の情報を持った現実の全てを表現することはできない。情報の取捨選択、置き換え、圧縮を必ずすることになる。グルメ漫画における表現主題の変遷をたどることは、漫画表現全体の変遷をたどる一助になるかもしれない。

1 「ミスター味っ子」: 奇抜な工夫 から 料理は心へ
まずは「ミスター味っ子」(寺沢大介)を取り上げたい。グルメ漫画というジャンルでいえば「包丁味平」などもっと古い漫画はあるが、原点から出発し最初のターニングポイントとなった作品だと思うからだ。
「ミスター味っ子」とは、下町の定食屋、日之出食堂を一人で切り盛りする天才少年料理人、ミスター味っ子こと味吉陽一の料理勝負を描くグルメ漫画だ。技術と資金で勝る大人相手に、陽一は 工夫 によって逆転勝利を納めていく。陽一の 工夫 は、ソーセージにコーヒーの風味をつけて、本場ドイツシェフの作ったフランクフルトソーセージに勝利する など、冷静に考えると、無理のあるものも少なくなかった。が、その荒唐無稽なアイデアと美味しそうな絵柄、審査員の大げさなリアクションとが相まって独特の魅力となり、アニメ化されるほどの人気となった。
「中華一番」「焼きたてジャパン」「食戟のソーマ」・・・。現実にはありえない調理法を大げさに描くことで魅力とする方法は現在に至るまで数多くのグルメ漫画に受け継がれている。

「ミスター味っ子」がアニメ化されるにあたって、アレンジが加えられた。対決をより明確にするためであろう、物語途中から、原作にはない 味将軍グループ という敵役の集団が追加され、資金に物言わせて他の料理人を潰そうとする味将軍 と 料理は心であるとする味皇 が対立し、味吉陽一は味皇陣営として、心の料理 によって、味将軍からの刺客を次々に打ち負かして行く物語へと変化した。この路線は続編「ミスター味っ子Ⅱ」に味将軍が登場し、
味将軍グループとは、料理は技術 とする義の集団であった
と語るに及んで公式の設定となった。
料理は心 であり、それに対立する理念と戦う という主題は、先の 奇抜なアイデアをデフォルメして描く という路線と並んで、グルメ漫画の王道となった。

ところで、そもそも 料理は心 とは、一体何を指すのだろうか。
寺沢大介の「将太の寿司2」でその真髄を語っていると思われるセリフがあるので引用しよう。
料理は技術 と思っている親子をジェネシスNo1 サハルが批判する場面だ。

「それは2人とも自分のことしか考えていない… お客さんが全く見えていないってことなんです」「岩田さんの腕は確かに素晴らしい。握りも包丁も魚の処理も私たちなんかよりはるかに上だと思います。だけどその技術はただ自分自身を満足させるためだけのもので決してお客様のためを思って磨いている技術じゃないですよね」
「技術を過信して本当に大事なことを見失っているんです」
「一番大事なことは食べる人がどうやったら喜んでくれるか考えつづけること」
「技術より大切なものは心なんだと思いますよ」
(第11話 岩寿司の場合 より)

食べる人を第一に考えること それが 料理は心 の意味だ。

料理は技術 側の言い分も聞いてみよう。
「ミスター味っ子Ⅱ」の味将軍は言う。
「料理とは料理技術そのものに他ならぬ‼︎この技術を常に研鑽し技術を上げることが料理人に課せられた使命なのだ」

以上をまとめると、料理は技術 とは、作る側に注目し、料理は心 とは、食べる側に注目した立場だと言うことになる。ある意味、「ミスター味っ子2」はこの二項対立をテーマに掲げて、ついには、失敗した作品と理解できる。なぜか。心の料理と技術の料理は徹底すると限りなく同じものに近づくのだ。

料理は心 と それに対立する理念 を中心に展開するのが「鉄鍋のジャン‼︎」(西条真二)だ
中華の覇王 秋山階一郎に育てられた 秋山醬 は、階一郎の死を切っ掛けに故郷を出て、銀座 五番町飯店の料理人となり、様々な料理勝負を繰り広げて行く。この作品の面白い点は主人公の秋山醬のポリシーが 料理は勝負だ であり、ライバルの 五番町キリコ が 料理は心 を信条とする料理人であることだ。通常の 心の料理 が正義側、それ以外が悪役側 と言う配置をひっくり返した作品なのだ。醬の 料理は勝負だ と言う信条は 対戦相手や審査員に対する挑発的な態度 相手の料理に合わせて意図的に料理内容や提供タイミングをずらす、人目を引く派手なパフォーマンスをするといった形で表現される。だが、物語が進むにつれて、奇妙なことが起こる。正義(心の料理)側の料理と醬の勝負の料理とが似てきてしまうのだ。
食べる人のことを第一に考えるキリコが作った炒り卵はありえないほど見事に膨らみ、誰よりも人目を引いてしまう。
勝つためにあらゆる手間を惜しまず、味を積み重ねて行く醬の姿は、食べる人を考える心の料理人の姿勢と見かけ上区別がつかない。
第2回全日本中華料理人選手権大会・決勝でキリコが作った料理 ダチョウ肉と血と塩のプディング が、前回大会決勝で醬が作った料理 鳩の血のデザート を連想させることが象徴的だ。

二項対立を突き詰めて行くと、対立を超えた第3の立場に止揚され、対立が解消されてしまう。
どんな立場から出発するにせよ、突き詰めると、食べる人のことを考えつつ技術を磨いていくのがいい料理人の条件だ という結論が出てしまい、物語が続かなくなるのだ。

終盤の醬は、審査員に対する無礼な態度、反則を過度に繰り返し、長期的にみれば勝つために得策ではない振る舞いをする矛盾を抱えた存在になってしまった。

「ミスター味っ子Ⅱ」は、味皇なき世界、料理人や味のことなど気に掛けない客の存在 など意欲的な要素を取り上げつつも、迷走とも思える幾度かの路線変更を経て、結局は、
片方の手に技術 もう片方の手に心 両の手が合わさり音がなる
と 味皇が語る 手打ち を以って終幕となった。

2 「美味しんぼ」: 共通の価値観に基づいてディティールを極める
「美味しんぼ」(雁屋哲)は、デフォルメされた工夫や二項対立に基づかないグルメ漫画だ。
鋭敏な味覚を持つグータラ新聞記者、山岡士郎と山岡の父であり偉大な芸術家である海原雄山との料理勝負を中心に物語は展開する。山岡と雄山は親子であることもあり、基本的に似た者同士である。二人は 料理は心であり、そのために技術を研鑽する という基本的な価値観を共有している。
連載初期に山岡は 
料理は心だ。究極のメニューにどう心を表現できるのだ。できっこない。
と反語気味に自身の信条を表明する。
一方の海原も知り合いの花嫁修行に一家言申す際、
(料理を)教えるならまず心から教えろ。
と 心の料理 の重要さについて釘をさすことを忘れない。

共通する価値観の二人が料理勝負するならば、何で優劣が決まるのか。
課題に対してどれだけ深く向き合えたかどうかだ。細部をどれだけ徹底して詰められたかで勝敗は決まる。
究極(山岡側)対至高(雄山側)の料理 第一回 卵料理対決は今でも語り草になっている。
最高の卵を用意したと豪語する山岡に対して、雄山はさらに上をいく 初産の卵 を用意する。
味に変わりはない と食い下がる山岡に対して 雄山は 初産の卵が分かるほど、鶏に心を込めて世話している鶏舎を選ぶことが重要なのだ と一喝する。
食べ手のためにどれだけ想像力を働かせられるか。もはや頓知勝負である。
素材の豪華さは問題でない。キャベツでフグの白子を巻いたロールキャベツは、圧倒的な気品の違いで、キャベツの芯に敗北する。長寿料理対決では、豪華な宮廷料理が、家庭の惣菜に敗北した。重要なのはどちらの味が良いかではなく、どちらがより感動させたかなのだ。

細部を徹底して追求する「美味しんぼ」では、繰り返し ホンモノ が登場する。ホンモノ の料理法、ホンモノ の材料、ホンモノ の生産者…
「美味しんぼ」の快楽とは、ホンモノ のうんちく情報を数多く集められる、情報収集の快楽なのだ。

「ミスター味っ子」のような、デフォルメされた工夫、善悪の二項対立を持ち味としたタイプの漫画と、「美味しんぼ」のような、細かいウンチクを極める情報漫画を見極めるのは簡単だ。
集中線のあるなしを調べれば良い。情報漫画には集中線がほとんどない。「美味しんぼ」の画面は基本、白が多くて静かなものだ。

「神の雫」(亜樹直)もまた、集中線がほとんどない ワインを題材とした漫画だ。つまり、「美味しんぼ」と同系列の情報漫画だ。
偉大なワイン評論家である神崎豊多香を父にもつ神崎雫はひょんなことから義理の兄弟である遠峰一青と父の遺産を巡り、十二使徒 とその記述にまつわるワイン勝負に巻き込まれていく。
もちろんこの作品において、ワインは芸術であるか それとも商品であるか などという二項対立は主題になっていない。ワインは旅であり、人生そのものであり、ゆえに人はワインに堕ちていくのだ という価値観を二人は共有している。勝敗の明暗を分けるのは、やはり、ディティールへのこだわりであり、
しまった、当たり年が優れているという思い込みが逆に仇となった
雫よ お主は セパージュの魔力にはまってしまったのじゃよ
といった言葉で敗因が説明される。

情報漫画は、題材のリアリティを追求する代償として、味の台詞表現が過激化する傾向がある。
「美味しんぼ」で扱う料理法は現実世界でも再現可能だし、実際作ってみると美味しい。
「神の雫」に出てくるワインも現実に入手可能だ。
人は何かを我慢すると代わりの部分で欲望を発散しようとするものらしい。
「美味しんぼ」では「しゃっきり ぽん」「口の中で綺麗な正三角形を描いている」といった独特の表現が度々話題になった。
「神の雫」においては、ワインの味の表現は一片の詩であり、その表現を含めての12使徒の勝負であるとされる。

情報漫画の弱点は何か。ネタ切れである。情報漫画はその性質上、毎回、読者に知ってよかった と思わせる ホンモノ の情報を提供しなければならない。料理、ワインの世界が広いとはいえ、無限ではない。
「美味しんぼ」は1987年から続いているが、2014年より休載中だ。後半の課題は オーストラリア料理対決、水対決など、やや苦しいものであった。
「神の雫」は十二使徒の対決を終えた後「マリアージュ」と名前を変えて、料理とワインの組み合わせに焦点を当てて現在連載を続けている。意地悪な見方をすれば、別天地に移行してネタ切れを回避したといえなくもない。

善悪の二項対立はいずれ解消される
テーマのディテールを突き詰めても、ネタ切れがネックになり、第一、代償行為として、味のセリフ表現が暴走し、かえってリアリティから遠ざかる。

3新ジャンル:食欲にフォーカスを当てる。食事を主題化しない
このような問題意識を受けてか、食欲をテーマにしたグルメ漫画 が現在ちょっとしたブームになっている。
「孤独のグルメ」(久住昌之)、「ダンジョン飯」(九井諒子)、「空挺ドラゴンズ」(桑原太矩)などの作品だ。
これらの作品では、過度に強調した調理法、大げさな味に関するセリフ、細かなウンチクは出てこない。共通しているのは、物語冒頭で、腹が減った うまそー など、食欲に関する主人公のモノローグが挿入される点だ。主人公は一様に旺盛な食欲を抱えた人物として描かれる。
毎回主人公は、街中または架空の世界で、一人で、あるいは仲間達と一緒に食事をする。
食事をしながら、過去を回想したり、仲間との絆を深めたりする。
これらの作品において、食事は主題のようでもあり、背景のようでもある。
食事にまつわるシーン、設定がなくともストーリーは成立するであろう。だが、全く読後感が異なる作品になってしまうことは間違いない。そうした微妙な位置に食事は存在している。

このように食事を背景化することによって得られる効果とは何か?
食事本来の機能を浮かび上がらせることだ。漫画表現で食事に焦点を当てて表現しようとすると、大げさにデフォルメするか、二項対立に持ち込むか、ウンチクを並び立てるかのいずれかになってしまう。だが、それでは描けない食事の魅力というものがあるのではないか。

文化人類学によると、食事には関係性を確認する機能があるという。

食欲をテーマにしたグルメ漫画の登場人物たちは皆本当に美味しそうに食事をする。
誰かと一緒に食事をする。一人で食事をする。どちらも豊かだ。
「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。独りで静かで豊かで…」
「孤独のグルメ」の主題を表すと思われるセリフだ。食事の魅力を食事を焦点化しないことで表現した名台詞だと思う。

短歌、俳句においては主題を直接言語化するのではなく、適度に言外に暗示することがよしとされている。グルメ漫画も主題を背景化・象徴化することで言語化できない領域まで主題を表現する域にまで成熟したということだろうか。

これまで 絵、セリフを主な表現手段とする漫画は、味、香りを特徴とする食べ物、飲み物を表現するために、デフォルメ、二項対立、ウンチクなど手を変え品を変えアプローチしてきたが、いずれも限界があった。現在、食欲をテーマにしたグルメ漫画 ともいうべき、食事を敢えて主題化しないことで、逆に食事の魅力を浮かび上がれせようというジャンルが立ち上がり、そこでは、安らぎ、絆の回復、といったモチーフが表現されている。

食欲をテーマとしたグルメ漫画 の次にくるのはどんな漫画だろうか。
文化は社会条件に影響を受けるので、個人的には、技術の進歩による人類の進化に対応した情報系漫画のアップデート版 がくるんじゃないかと思っている。

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