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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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#大蔵省

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

12 神の行く末(1)

 公儀の直轄領だった長崎は、鳥羽伏見での敗戦を受けて奉行が退去していた。そのため、無政府状態だったところ薩摩、長州、肥前、土佐といった長崎にいた藩士たちがとりあえずの行政機能を担っていた。その状況の改善が朝廷に働きかけられ、九州鎮撫総督の沢宣嘉の参謀として聞多は長崎に赴任することになった。
 総督府や裁判所(県庁)を開庁し、行政機能を図ることになった。五箇条の御誓文といっ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#92

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#92

19 予算紛議(2)

 その頃ある問題で英国駐日大使が、外務卿宛に書簡を送っていた。ペルー船マリア・ルス号の清国人苦力が脱走し、英国軍艦に保護され、清国人苦力に対する虐待を神奈川県にある英国領事館に訴えた。このことが契機となり他の苦力も虐待を訴えてきた。日本国政府としてマリア・ルス号の実態を把握し、善処するように求めてきたのだった。
 次に米国代理公使からは解決のための手助けをするとの書簡も送ら

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

19 予算紛議(3)

「定額」を一刻も早く決定していかなくてはならない。時間は待ってくれない。大隈と結局西郷隆盛の協力を得て、「定額」に関する会議を開くことになった。
「概要は私、渋沢がご説明いたします」
「定額とは、一年間の必要経費のことになります。基本筆記具などの消耗品から官員の出張旅費、新規の備品、事業費などを計上することです。これらの必要項目には計上の理由をつけてください。たとえば工具は

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#96

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#96

19 予算紛議(6)

 「定額」の問題は、次の段階に行っていた。各省から予算と執行計画、算定理由書が提出されていた。これを、大蔵省で検討し額を決定する。各省の希望通り積み上げると、歳入額を遥かに超えてしまう。したがって、軒並み削減させた額が通知されていた。
 太政官の会議では、大蔵省井上馨対司法省江藤新平という論戦が繰り広げられた。他にも馨は文部省や工部省と対立することで、議論の相手には事欠かな

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#97

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#97

19 予算紛議(7)

  馨と渋沢は、大蔵省の執務室へと戻ってきた。
「それで、司法省以外ですとどこが問題に」
「一番は工部省じゃ。なにしろ鉄道の金がかかりすぎる」
「市中に金を求めるんはどうじゃと思うちょる」
「カンパニーですか」
「そうじゃ、会社を立て、資本を民から求める。その資本をもとに鉄道を作り、開業後は利益を分配・投資するんじゃ」
「こうすることで、国庫からは支援金程度に収めることがで

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#98

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#98

19 予算紛議(8)

 定額問題の裏でもう一つ馨が主導している事が進んでいた。
「アメリカからの報告があった。2分金の外国での売却価格が100円のところ107円でいけるとの話じゃ。それで、これを密かに買い占めようと思っておる。その売却益を貨幣の準備金とするのじゃ。そのためには資金調達の方法じゃが」
「事前に大輔により、方法を考えるようご指示を頂いておりました。兌換証券を発行するのが理にかなってい

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

19 予算紛議 (11)

 陸軍は薩摩が大勢を占めていたことから、山縣はその進退が問題になっていた。馨は、西郷隆盛と大隈の力も借りて、山縣の処分が寛大になるよう調整をした。とりあえず軍籍はそのままに陸軍大輔の辞任で済ますことができた。
 このことで馨は、以来表立って山縣の支援は請けられず、太政官で孤立を深めることになった。
 誰も入れるなと怒鳴っては、自分の執務室にこもった。
 そして机の上に置

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#103

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#103

20 辞職とビジネスと政変と(1)

大蔵大輔の執務室をノックして入ってくるものがいた。
「馬鹿ぁー」
馨の怒声が轟いた。
続けて大声で言った。
「誰も入れるなと言ったはずじゃ」
そして机の上の冊子を投げつけていた。
「失礼します。あぁあこのようなものを」
気にすることもなく入ってきたのは、渋沢栄一だった。
「はぁ、公議公論ですか。こんどは民権活動家にでもお成りですか」
「そげなもんは知らん。何を

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#104

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#104

20 辞職とビジネスと政変と(2)

 この夜、馨はいつもの店でお気に入りの芸者を置いて酒を飲んでいた。
そこに女将がやってきた。
「井上様、芳川様のお使いが見えられて、渋沢様もお越しのようで、こちらに来てくださらないかとおっしゃっていますが。いかがいたしましょう」
「芳川と渋沢がの。そうじゃの、そちらに参ると伝えてくれ」
 そう言うと、そばにおいていた妓に「すまんが今日はこれまでじゃ」と声をかけ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#105

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#105

20 辞職とビジネスと政変と(3)

 その頃、正院では大蔵省の縮小案が議決されていた。内閣が設置され、参議が法令の作成や予算の審議を行うことになった。
 そのため大蔵省の内局の調査・監査部門が正院の内史に移管されることになった。これは馨の全面的な敗北を意味していた。これを受けて馨は辞任願を三条実美のもとに提出した。
「渋沢の言う通りになったの。おぬしは辞めるのをやめろ」
「井上さん、それは以前の

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