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大切な名前|ばあちゃんのはなし。

忘れないように書いておこう。

noteでは今まで、じいちゃんの話ばっかりしていたけど、私には大好きなばあちゃんもいる。

私とばあちゃんは、ちょうど60歳離れている。干支は同じ、いのしし年。

この前、実家に帰った時、ばあちゃんはかぎ針でくすみピンクの靴下を編んでいるところだった。

こたつにあたりながら、ばあちゃんの作業を眺めていると、何を思ったか、急に地震で家が潰れた小さい頃の話を始めた。2階建ての長屋に住んでいて、潰れた1階で寝ていたばあちゃんは、たんすと落ちてきた梁の間にいて、奇跡的に無事だったそうだ。

お母さんと、弟と3人で寝ていたらしい。そう言えば、ばあちゃんのお母さん、つまり、私のひいばあちゃんの話はあまり聞いたことがなかった。

「お母さん、なんて名前?」

聞いてみた。

『スエノ。たぶん、末っ子だったんじゃないかな。』

「お父さんは?」

『善四郎。男の子の4番目だったんじゃないかな。』

ちなみに、お父さんは13人きょうだいだそう。

『写真があったかな。』

じいちゃんが亡くなってから整理された中にあった昔のアルバムを開く。

約60年前、当時としては珍しいウエディングドレスを着た、少し恥ずかしそうな、でも満面の笑みのばあちゃんの写真があった。

「あったあった。これがお父さんで、これがお母さん。」

結婚式の集合写真。その中の1枚を指さして、ばあちゃんは教えてくれた。細身の男の人と着物姿の女の人。女の人は、ばあちゃんによく似ていた。

ばあちゃんは、遠くから縁あってじいちゃんのところに、お嫁に来た。私はずっと一緒に暮らしてきた中で、じいちゃんのお母さんとお父さんの話は、私の父や、その他いろんな親戚から聞いていた。でも、ばあちゃんのお母さんとお父さんの事を詳しく聞いたのは、今回が初めてだ。

誰からも忘れ去られた時が、人間の本当の死

そういう話を聞いたことがある。

ばあちゃんが話してくれなければ、私は2人の名前も知らないままだった。実際に会ったことのない2人の名前を知れたこと、写真で顔を見れたことで、私の中の2人は輪郭を持ち始めた気がした。

紛れも無い、私の4分の1の血のルーツ。

2人が出会って、ばあちゃんが生まれて。地震を生き延びたばあちゃんは、じいちゃんと出会って、私の父が生まれ。その父が母と出会って、私は生まれた。なんだか、自分が愛おしく思えた。

ばあちゃんに教えてもらった大切な名前。忘れないでいたい。

そして、2人の名前を知らないであろう妹に、今度教えてあげよう。

今日で3月が終わる。

***

最後まで読んでくれたあなた。

ありがとうございました。

春瀬 蒼

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