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一文物語 2017年集 その1

本作は、手製本「一文物語365 飛」でも読むことができます。

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酉が卵を運び落としていき、パカーンと今年が生まれ始まった。

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やさしい声、伸ばした手、人のぬくもりが届かなかった者の苦しみで凍った世界の空が、初日の出に照らされて、赤い涙を垂らすがごとく溶けていく。


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拾ってくれませんか、という婦人が編み物をしている題名の絵画の中から額の外に毛糸玉が転がり落ちていて、絵の中に戻そうと押し込んだら勢い余って穴を空けてしまい、警報が鳴り響く中、穴から手が出てきて受け取ってくれた。

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近づいてきた宇宙船には生体反応はなく、それを届けに来ただけのか、船内は枯れた花びらだけが舞っていた。

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彼とずっと手をつなぎ合って生きていくと誓った彼女は、離ればなれの時でもポケットの中にしまってある彼の手を握り締めている。

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ギターリストのソロ宇宙コンサートが派手な指さばきの曲から始まると、空間が歪んでいき、次元を越えたニューステージを体感することができたが、存在の意味を消失してしまい、元の世界へは戻れない。

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雪原のどこまでも続く電線を辿った先に人が住んでいると思ったら、川の源流がしみ出る洞窟で、ヘビが電気ウナギから発電シェイクダンスを習っていた。

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見晴らしのいい風景を背景に記念撮影をお願いし、シャッターの合図とともに別の伸びる声が近づいて遠ざかる間に撮られた笑顔の写真には、空中でもがき落ちていく人が写っていた。

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どこにでも取り付けられるファスナーで彼女は、寝ている彼の心を開き、愛の真意を毎晩確かめてからでないと、安眠できなかった。

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先が見えづらくなった彼は、目を取り替えると、遠くまで見ることができるようになったが、壁や建物、人に山の内部まですべてが透けて見えてしまい、多重世界にめまいを起こし、空ばかり見ている。

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壁にぶつかり先へ進めないでいる彼は、どうしても壁を乗り越えられないので、地面に穴を掘ってくぐり抜けた。

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秘密の書庫に隠した自叙伝の最後のページを書かず白紙にしているので、その老翁作家は死なず、関係者たちが何としてでも書かせようと、必死にその原稿を探している。

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雪深い山の中にあった人の足跡をどこまでも追っていくと、ぐるりと回って元の自分の足跡のところに戻ってきてしまい、背筋が凍るような気配を感じて後ろを向いた瞬間、気を失った。

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喧嘩をして出ていった彼女は、隠していた翼を羽織って天に帰っていき、二度と再来することはなく、もう彼女のような天使と出会うことはなかった。

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近所の蕎麦屋に出前を頼んだら窓に竹筒を差し込まれ、そこから蕎麦が流れてきて慌てふためきながら食べ終えたが、食事代を差し引いた窓の修理代を請求することにした。

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磨き屋の男は、時間があればいつも川の石も丸くなるまで一つ一つ磨いていて、死んだ自分の子供を存分になでられなかった悲しさを紛らわせている。

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店店を灯す明かりに追い出された都会の闇は、広い夜の海を漂うが、月の光で深海に押し込まれている。

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汗水たらして、時には涙も流して三年は苦労してためた幸せ貯蓄箱には何も入っていない。

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人が踏み入れることのない深い谷底を歩いていると、まるでダムのように本が捨てられていて、無用となった本が日々溜まっていくので、宣伝などはできないが、賢者の図書館と銘打って貸出や泊まれる本屋の営業をこっそり始めた。

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続々とメリーゴーランドから人が振り飛ばされていく。

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女は小さく可愛らしい雪だるまを作り、日々のアイツの恨みを込めて何度も踏み潰した。

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古都の地で、耳元を何かが疾風の如く通り過ぎて行ったと思ったら、妖怪たちによる、赤や木、石や鉄の大小様々な鳥居くぐり選手権が行われている。

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まるで雪降る海中をクラゲになって浮遊散歩していると、突然泡だらけの激流にのまれて目を回したまま彼が目を覚ますと、コインランドリーの洗濯物は洗い終わっていた。

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引きこもりの彼女の部屋は、世界各地から取り寄せた地図や雄大な大地の写真集、民俗学や紀行文の図書で埋め尽くされていて、ついに床が抜け、外に出ることになった。

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神聖なる御所に敷かれた白い砂利の上は歩きづらく、広大ゆえに行くべき方向を見失って迷い、そして屍となり、踏み砕かれてまた砂利が増える。

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ドンドコドン、ドドンコドン、ドンドンドン、と太鼓の音に揺れる茶碗の真ん中で茶柱がまっすぐ立っていて、それが今日の一番の幸せだった。

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当てもない人里離れた山の中で不気味なトンネルを見つけ、そこで呪い殺されるなら本望だと思って入って行くと、そこはまるで極楽のように色鮮やかな万華鏡の中で、トンネルを抜けると心が洗われた状態で、朝靄に包まれた自分の住んでいた町に戻っていた。

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戸棚の奥の、黒歴史私小説を封印した箱がゴトゴトと揺れ、箱の隙間から闇がもれ始めて、寝ている婚約者に近づき始めている。

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彼は、彼女の大事なカップを割ってしまったため、灼熱の砂漠を裸で転がされている。

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高く売れる鯉を壺の中に隠しておいて、あとで見に行くと中には何もおらず、壺に描かれた絵の中を泳いでいたので壺ごと売ろうとしたが、金にはならなかった。

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カフェのテラスで休憩していた女性が、子供じみたようにストローを空に向けてため息まじりに吹いたら、風を伝ってくすぐられた神が雲間から落ちてきた。

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