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【クラブハウス短編小説】 『Leave quietly』

side:C

Clubhouseにいる彼女は、理想的だ。

リスナーからスピーカーに上げてやった途端に勘違いして延々と話し続けるようなやつらとは大違いだ。

ルームの共同モデレーターとして空気を読み、必要なときだけ声を出し、そうでないときは、ずっと声をひそめている。

僕にとって最高のリスナーだ。


二人でいる時もこうであってくれたらいいのに。
頭の片隅で、ついそう思ってしまう。

やたらと質問攻めにしてきたり、理詰めで反論してきたり、
一時期の彼女には正直、へきえきしてしまっていた。

年下の彼氏として、ただでさえ引け目を感じてるのに、自分がなんだかとても情けない男に思わされてしまうのだ。


だから、近頃は二人でいても、会話のない時間が増えた。

まあ、話さなくたってお互いが考えていることはだいたいわかるし、
それで居心地がいいなんて最高だよ、と親友たちも言う。

ゆくゆくは結婚ってことになるだろうし、このくらいの距離感がいいんだろうな、とも思う。


とはいえ、男としてずっと忸怩たる思いを抱いてきたのも事実だ。
ずいぶん年下だけど僕だって、彼女に負けず劣らずなくらい、仕事場ではデキるやつなんだぜってことを見せてやりたかった。

だから、Clubhouseができてくれてほんとに嬉しい。

ようやく、外の世界で活躍してる自分の姿を、彼女にありのままに見せられるのだから。
僕がこんなにも周りからリスペクトされてるってことを彼女に分かってもらえるのだから。


Clubhouseでは、彼女は適切な距離感で寄り添って、仲間たちとのトークに聞き入ってくれている。

こここそ僕の能力を最大限に発揮できる場所だ。

TwitterもFacebookもInstagramもTikTokもYouTubeも、どれもしっくりは来なかった。
やっと見つけた。

ここは僕の聖域だ。


リスナーはどんどん増えていく。
積み上がっていくアイコンの数に合わせて、僕のテンションはますます上がっていく。
油をさしたみたいに、口の回転速度も上がっていく。

もっともっと、もっともっと!

どいつにも「Leave quietly」は押させないぜ。


side:H

クラブハウスにいる彼はひどく雄弁だ。

わたしと二人きりのときは会話もなく、いつもスマホをのぞき込んでいるばかりなのに。


もともと、付き合い始めの頃から、そんなに口数が多いほうではなかった。

それでも、年上のわたしに対して、ありったけの知識を披露しようと精一杯背伸びする、
そんな姿がかわいくもあり、男として魅力的でもあった。


一時期は、なんとか会話を引き出そうと、彼が興味をもちそうな話をふってみたり、あえて反論したくなるようなことを投げかけてみたりもしてみたけれど、最近はもう、そんな努力もやめてしまった。


二年半も付き合えばそんなものだと友だちは言う。

わたしだって、ことさらに面白トークを披露したがる男は好きじゃないし、
饒舌を求めてるわけじゃない。

このくらい無口な男のほうが自分には合っているのかも、
そう納得させてきた。

けれども、クラブハウスで水を得た魚のようにまくしたてる、普段より少し高いトーンの声を聴いていると、
身体の内側でやわらかかった何かが急速に冷えてこわばっていくのを感じてしまう。


話し相手になっている友人や後輩たちの様子から察するに、きっとこれが彼の仕事場でのいつもの声、しゃべり方なんだろう。

男の人が外で見せる顔と、彼女の前で見せる顔が違うことに戸惑うほど、わたしも純情じゃない。

でも、それならわたしを巻き込まなきゃいい。
お友だち同士で勝手に、なかよしクラブをやってればいいのに。


彼がわざわざわたしをモデレーターに加えてる理由はわかってる。

利用価値があるから。

わたしが業界内ではちょこっと知られた存在で、そこそこのフォロワーがいて、彼のルームに「お客さん」を連れてきてくれるからだ。

そういうセコいところを含めて、愛おしいと思えていたころが、もはや遠い過去に思えてくる。


iPhoneのボリュームを下げる。

でも、イヤホンから聞こえる音量が小さくなるほど、彼の声はさらに大きく聴こえてくる。


私はソファから立ち上がり、クローゼットから部屋着を取り出しカバンに詰めた。

大きく息を吐き出し、そして、振り返る。


お気に入りのゲーミングチェアにもたれかかり、iPhoneに向かって話し続ける背中はとっても楽しそうだ。

その大きな身振り手振りは一体誰に向けてのものなんだろう。


きみはそのちっぽけな部屋に、ずっとこもりつづけてればいい。


靴箱の上に合鍵を置く。

音がしないようドアを開けて、私は静かに退出する。


fin.




→ Nowebl版も作ってみました

Webtoon(縦スクロール漫画)のように、
小説も「縦スクロールに適した表現」を試してみたいと思い、
作ってみました。

novel + web = Nowebl (ノウェブル)

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