【シロクマ文芸部×夜行バスに乗って】卒業前夜
卒業の日を迎える娘の晴れ姿を見るために、新宿へと向かう夜行バス乗り場に歩みを進める。距離があるので新幹線に乗ろうかとも思っていたけど、いい機会なので一度乗ってみたかった夜行バスに乗る事にしたのだ。
夫は仕事が休めないとかで私一人で卒業式には出席する。私もこの時期に有給をもらうのは気が引けたけど、仕事は十分に調整して休みをもらった。こういう時でないと一人で旅行する事も無いので一日余分に滞在して、行ってみたい所に行こうと計画している。娘の卒業式も楽しみだけど、実はこちらの方がより楽しみでどこへ行こうか考えるだけでワクワクする。
コンビニに寄り飲み物とチョコを買い、20時30分頃帳面町のバス停に着いた。バス停にはもう多くの人が並んでいる。列に並びながら、この人達は東京に何をしに行くのだろうと思った。3月とはいえ、夜はまだまだ寒い。手を顔の前で擦りながら、早く来ないかとバスを待つ。
10分ほど待つとバスが到着した。降りてきた運転手さんは若い女性だ。運転手さんは颯爽としていて朗らかなとても感じの良い人だ。名簿を手に受付が開始されると、皆次々とバスに乗り込んでいく。いよいよ私の番だ。
「お願いします」とチケットを差し出した。
「川谷真奈実様、8Aのお席ですね。お荷物は車内に持ち込まれますか?」
「はい、車内に持ち込みます」
「かしこまりました。ではバスへどうぞ」
バスに乗り込み、車内をキョロキョロと眺めてみる。どうやら今日は満席のようだ。しかし、そろそろ出発の時間なのに一向に運転手さんはバスに戻らない。まだ受付をしていない人がいるようだ。すると、バス停に向かって走ってくる若そうな男性が見えた。フードをすっぽりと被り、マスクをした男性が肩で息をしながら乗り込むとようやく運転手さんも車内に戻ってきた。
この男性は4Bの席に座るや否やおもむろにペットボトルの蓋を開け、グビグビとお茶を飲み出した。走って来たから余程喉が渇いているのだろう。
21時になり、バスは定刻通り走り出した。運転手さんの挨拶が車内に流れる。
「本日は風林火山号にご乗車頂き誠にありがとうございます。本日の運転手は乗合が務めさせて頂きます。実は本日が運転手デビューでございます。どうぞ皆様よろしくお願いいたします」
なんと、運転手さんは今日がデビューなのか。すると、自然発生的に拍手が湧きがった。もちろん私も拍手を送った。乗合運転手は「皆様、本当にありがとうございます!」とお礼を言うと、その後はバスタ新宿までの走行の予定などをアナウンスした。
バスはスムーズに進んでいく。私は買ってきた飲み物を飲みながら娘の事を考えていた。
小さかったあの子も立派に成長して、明日には大学を卒業する。そして、そのまま東京で就職をするので完全に独り立ちだ。もう私の出る幕はないのだろう。
あの子が生まれた時、私は何がなんでも幸せにすると決めた。守っていきたいと強く思った。生まれたてのほやほやと頼りないあの子には私しか頼る者はいないのだ、その思いで今まで過ごしてきた。時には衝突やすれ違いもあったけど、今こうして立派に大学の卒業の時を迎える事ができた。
それでも、今でも脳裏に浮かぶのは、育児と仕事と家事で大変だったあの頃の事だ。夫も忙しくあまり頼りにならないなか、私はあらゆる手を使い必死に頑張ってきた。あの子も寂しかっただろうに、私に「ママ、ママ!」とすり寄って来てくれた。あの子の笑顔を見るたびに私には頑張っていく力が湧いてきた。
車窓を流れる夜景を眺めていると、窓ガラスに映る自分の姿が見えた。私、どんな風に映っている?他人の目にはどんな風に見えているの?生活に疲れたおばさん?それとも、充実している女性?
窓ガラスに映る自分自身を眺めながら、私は思う。
これまで22年間、私はよく頑張ったと思う。仕事を続けながら、ほぼ1人での育児は大変だったし辛かった。もちろん楽しい事もあったけれど。もうこれで私の子育ては卒業だ。そして、私は妻という立場からも卒業するのも悪くないのかもしれないと不意に思った。辛くても仕事を辞めずに続けていて良かったとこれほど強く思った事は初めてかもしれない。
バスは開いた蓋から溢れ出た私の思いを乗せて快調に夜の高速道路を走っていく。
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シロクマ文芸部に参加します💛
今週のお題は「卒業の」です。
そして、勝手にコラボという事で、豆島圭さんの企画にも同時に参加しちゃいます💛
こちらはお題が「夜行バスに乗って」です。
バスに乗り込む所の描写で”チケットを差し出す”としましたが、もしかしたら今どきはチケットレスでスマホを見せるのかもしれませんね。だって、予約はネットでするのでしょうしね(>_<)
なんて書いてしまってから思ったりしました💦
なんと、豆島圭さんは素敵な予告動画も作っておられます!
CANVAって動画も作れるんですね😊
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪
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