私の行く手を阻むのは私。
私は先日の自己紹介投稿でも述べたように金融関係勤務をしています。
しかし「人に影響を与えるお仕事がしたい」を軸に絶賛転職活動中。(突然の初披露情報ですね。笑)
そんな私は最近『「言葉にできる」は武器になる。』という本を読了しました。
これまた、全文字・全文章に感銘を受けたのですが、特に心に残ったフレーズをご紹介させていただければと思います。
ここで「壁」という言葉に反応した私。
そうです、「進撃の巨人」という漫画・アニメです。
進撃の巨人のあらすじを簡単に紹介することは中々難しいのですが、私は人類学と社会学を学ぶことができるものだと考えています。
高い壁で四方八方を囲まれた地で生きる主人公のらは、ある日突然巨人によって壁を破壊されます。
平穏な暮らしを破壊した巨人に対して、強く恨みを持ち「巨人をこの世から駆逐する」という目的を持ち戦い続けた主人公らですが、壁の真実を知った時、敵は同じ人類であり、世界であるということに気づきます。
「壁内人類VS巨人」という対立構造であったにも関わらず、「壁内人類VS世界」、そして、最終的には「VS考えの異なる仲間」となるのです。
「壁」を取っ払った時に初めて問題の本質に向き合うことができる。
そして前に進むことができる。
その時、これまで「正しい」と思っていたもの、「味方」だと思っていたものが、私という壁の中で築いた世界の中での思い込みであったということに気づくのです。
これはまさに先述した「人の思考」と同じですよね。
「自分じゃ正しいことをやってきたつもりでも時代が変われば牢屋の中」
これはハンジさんの有名なセリフです。
初めてこのセリフを耳にした時、なぜここまで自分の中でしっくりきたのかわかりませんでした。
それは世界も日本社会も、そして私自身も、規模感は異なるだけで根幹となる部分には同じ問題があるからでしょう。
このままでいいと思い現状維持したがる私と、私の中で革命を起こそうとする私。挑戦をしようとする私の行く手を阻むのはいつだって私自身です。
安定した毎日を過ごす現在だって決して悪じゃないです。
けれども見方を変えれば、革命を起こしたい私にとっては、未来を阻む障害にだってなりうるのです。
壁を突き破ったのが壁内人類と同じ人間であったように、「私」という壁を突き破れるのは私しかいない。
決して簡単なことではないだろうし一度突き破ったからといって穴が塞がらないわけではないだろうけれど、その後の人生を大きく変える一歩になるのは間違いない。
私にとってはこのnoteを始めたのも大きな一歩。
常に「壁の中で生きようとしていないか?」を意識することで、「生きたいように生きる私」を後押しできる私でいたいのです。
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