文字を持たなかった昭和 続・帰省余話27~せっかくのディナーなのに

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 今度は先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、ミヨ子さんとのお出かけを振り返っている。桜島を臨むホテルに泊まり離島住まいのミヨ子さんのいちばん下の妹・すみちゃんも交えてディナーを楽しんだ。翌日、島へ戻るすみちゃんとお別れしたあと、実家近くの古いお墓へ行くもミヨ子さんの脚が動かず、結局二三四(わたし)だけがお参りした。

 そのあと、数年前郷里にできたグランピング施設にチェックイン。隣接する温泉施設で、前回の帰省では入り損ねた介護湯と呼ばれる家族湯を、今度こそ利用できた。が、達成感でいっぱいの二三四は、お風呂上りのミヨ子さんの様子が少しおかしいのに気づいていなかった。ホテルの客室で休憩後、夕食に行く直前のトイレでミヨ子さんは「間に合わず」、風呂上りの足やトイレの床を濡らしてしまった。「このタイミングで?!」と二三四は焦る。

 出てしまったものはしかたがない。まずミヨ子さんの用を足させる。床が濡れているので便座に座ったまま待ってもらい、まず足そして床を、さっき使って洗ったばかりの温泉タオルで拭く。1度ではきれいにならないので、何回かタオルを洗いながら。

 換えたての紙おむつに重ねていた吸水パッドが濡れてしまったので、パッドを取り替える。これは想定外だが予備を多めに持ってきたから、まあいいだろう。パジャマのズボンの濡れた部分は、絞ったタオルで拭いてからドライヤーをあてて乾かす。大風量のドライヤーで助かったよ、と二三四はひとりごちる。

 ズボンを穿かせたミヨ子さんを車椅子に乗せていたら、部屋の電話が鳴った。食事の時間を知らせるフロントからだろう。コールが続くが、とても出られない。

 こんどはドアをノックする音。向かいのシングルルームにいる家人だ。ドア越しに「晩ご飯、行くでしょ?」との声。
「わかってる! いま出るから!」
二三四の声はつい荒くなった。

 なんとか態勢を整え車椅子を推して廊下に出たのは18時15分。家人が心配そうに
「何かあった?」
「うん……。あとで話す。とりあえず、ごはんに行こう」
二三四は車椅子をずんずん推してエレベーターホールへ向かった。

 レストランに着くと、ディナーは1クール1時間30分で、19時30分までだと告げられた。せっかくのディナーが1時間ちょっとしか楽しめない。時間制限があるなんて、チェックインのときに説明してほしかった。

 もっとも、さっきのトラブルでは、事前に説明されていても18時スタートには間に合わなかったかもしれない。二三四は気を取り直して、ドリンクバーからまずミヨ子さんに少しだけ赤ワインをついでくる。家人と二三四は、自動のビールサーバーが注いでくれた完璧な泡立ちの生ビールをテーブルに置く。

「お疲れ様、乾杯!」
さまざまな意味の「お疲れ様」をこめた乾杯のあと、時折お酒や飲み物をお代わりしながら、コースディナーは順調に進み、終わった。ミヨ子さんも「おいしい」と言いながら食べてくれた。

 でもその表情は、前日のディナーや、前回同じレストランで食べたときより心なしか硬く、笑顔が少ない気がした。

※前回の帰省については「帰省余話」127

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