フレーニ先生とのレッスンノート

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まえがき

 ミレッラ・フレーニ女史と知り合ったのは2008年春のこと。とあるきっかけでレッスンを見学させていただいたのですが、その時にとてつもない衝撃を受けたのをよく覚えております。そして、その年の9月より、幸運にもオーディションに合格し、門下生の一員となることができ、今に至ります。つまり、現在はフレーニ先生に師事をして7年目、ということになるわけです。

 自慢ではありませんが、フレーニ先生とこれだけ長く

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第1回《Lascia libera la gola》

 フレーニ先生のレッスンは厳しいです。大変厳しいです。最近でこそ慣れてきましたが1週間のレッスン中、毎日ひとりは必ず泣いていました。私も何度ノイローゼ気味になったことでしょう。レッスンの前の週になればレッスンで怒られる夢を見るようになり、レッスンの週は何度もうなされて目を覚ましていました。

 どうして、このような状況になるのでしょう。それは、先生がレッスンで使われる言葉の9割くらいが"Lasci

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第2回《Su! Avanti!!》って言われても…

 フレーニ先生のレッスンは徹底しています。

 前回の《Lascia libera la gola》と同様に、学生がわずかにも後ろにいった声を出した時には、必ず演奏をストップさせます。そして、お約束であるかのように、

"Avantiiii!!!!"

と、レッスン室に先生の声が響き渡ります。

 その徹底ぶりは凄まじく、わずかな変化さえ絶対に見逃しません。そして、それが直るまで何度でも何度でも繰

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第3回《Non ascoltare la voce》って可能なの?!

いやー、ずいぶんご無沙汰してしまいました。
落ち着いて文章を書く時間が取れなかった、というのが主な理由ですが、この一年以上の間にはいろいろなことがありました。

まず、フレーニ先生が学校をお辞めになってしまったということ。これは新聞記事にもなったり、ちょっとした騒動だったのですが、ここで書く内容では無いので割愛します。

その後、僕自身といえば、会社を立ち上げたり、プッチーニ・フェスティヴァルでジ

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第4回《Questo non è il tuo repertorio》これ、重要です。

よく言いますね、「これはあなたのレパートリーじゃないから。」

じゃあ何を歌えばいいの、若い頃はヴェルディばっかり歌っていた僕もそう思ったものです。だって、歌えるじゃん。

しかし、その頃は、「音が出せる=歌える」と勘違いしてたんですね。

で、今になって思うのです、この勘違いは世界中に蔓延しているのではないか、と。

フレーニ先生も、声に合っていないレパートリーを認めることは絶対にありません。

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