まえがき

 ミレッラ・フレーニ女史と知り合ったのは2008年春のこと。とあるきっかけでレッスンを見学させていただいたのですが、その時にとてつもない衝撃を受けたのをよく覚えております。そして、その年の9月より、幸運にもオーディションに合格し、門下生の一員となることができ、今に至ります。つまり、現在はフレーニ先生に師事をして7年目、ということになるわけです。

 自慢ではありませんが、フレーニ先生とこれだけ長く勉強しているのは世界で私ひとりしかいません。というのは、フレーニ先生がレッスンをされるのは、現在はCUBECというモデナのある財団が運営する学校のみで、以前はスカラ座の研修所などでも教えていらっしゃいましたが、プライベートで教えることは、ごくわずかな機会を除いて滅多にないからです。

 つまり、私がCUBECの学生になったのが2008年の9月、ということなのですが、この学校、なにせ、歌の先生がミレッラ・フレーニ女史ただひとりという、世界でも類を見ない特別な学校ですから、一人一人のレッスン時間などあらゆることが、フレーニ先生の思うように進行していきます。


 私が入学した2008年には月に1週、月曜日から土曜日まで連日で行われていました。当時、学校はヴィニョーラというところにありましたから、学生は学校と提携したユースホステルに1週間泊まり込みで、レッスンは午前11時から13時まで、そしてお昼休みが入り、15時から再開ですが、終わる時間は決まっておりません。その日に全ての学生が2回歌い終わった時点で終了となります。学生はおよそ15人ほど。クラスは2クラスあり、1クラスは2年目以降の学生が中心、もうひとクラスは私を含む初年度の学生を中心に構成されていました。(つまり、フレーニ先生は月に2週はヴィニョーラで、月に1週はミラノのスカラ座研修所で学生の面倒をみていたのです。)

 (↑ヴィニョーラで泊まっていたユースホステルの部屋)

 さて、レッスンは2回歌えばおしまいですから、5分の曲を2回だとすれば、早くて10分でその日のレッスンはおしまいです。しかし、他の学生が歌っている間は必ずレッスン室にいて、他の学生のレッスンを見なければなりません。そして、レッスンが5分で終わるなどということは余程のことがなければあり得ません。フレーニ先生は学生が間違った声を出した時には必ずストップします。そして、正しい声を出すまで、何度でも注意し続けます。つまり、よく歌えればすんなりといくのですが、うまくいかないときは3分の曲が20分にも30分にもなってしまうのです。

 そのような調子ですから、レッスンが終了するのはおよそ18時頃、その間ずっとフレーニ先生と同じ時間を共有し、それが月曜日から土曜日まで続いたのです。

 年が経つにつれ、学校がモデナに移り、レッスンが月に1週から2週に、土曜日までだったのが木曜日までになり、先生がスカラ座を退職され、最終的には毎週月曜日から木曜日まで、ただしレッスンは午後のみ、というように移り変わっていきました。


 さて、冒頭にも述べましたが、この学校で、つまりフレーニ先生と7年にわたって勉強しているのは私ひとりしかおりません。なぜ、そうなったのでしょうか。この学校は秋に入試が行われ、毎年、世界中から200人を超える受験者が訪れます。そこで晴れて20人ほどの学生が新入生として入学するのですが、入学してからも定期的に試験が行われます。この試験で十分に上達が認められないと、学校を退学となります。つまり、フレーニ先生のレッスンがそれ以降は受けられない、ということになります。

 年によっては、2クラス計30人で始まったものの、学校が終わる6月には1クラスは全滅の上、計10人しか残らなかった、などということもありました。私は幸い、全ての試験をクリアして現在に至っています。もちろん、それは決して私が一番優秀である、ということを示しているわけではありません。なぜかと言えば、フレーニ先生と1、2年勉強をしたところで、事務所などと契約し、歌う機会に恵まれ、自主的に学校を去っていく人もいるからです。それはそれは素晴らしい歌い手ばかりです。

 私はと言いますと、少しずつ歌う機会が増えているには増えているのですが、事務所にも所属しておらず、また、イタリアの滞在許可証の関係から学校に滞在したほうが有利であったりする事情などもあり、現在まで学校に残り続けている、とそういうわけです。


 そこで、優秀であるにせよ、そうでないにせよ、フレーニ先生と7年間学ぶ経験を持っているのは私しかいないわけですから、きっと私にしか出来ないことがあるだろうと、ここに先生と勉強した内容をまとめることにした訳です。プロの編集の方がいるわけでもなく、思いつくままに書いていきますので、見るに堪えない駄文になってしまうかもしれませんが、そこは我慢してお付き合いいただければ幸いです。

 また、できるだけ科学的に考え、客観的解釈を心がけておりますが、間違っていることもあるかと思います。もしお気付きの箇所がございましたら、お知らせ頂けましたら再勉強の上、訂正させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

 私の経験が、歌を学ぶ方、オペラ歌手を目指す方たちのお役に立てることを心より願っております。

 2015.03.31 宮本史利

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