第2回《Su! Avanti!!》って言われても…

 フレーニ先生のレッスンは徹底しています。

 前回の《Lascia libera la gola》と同様に、学生がわずかにも後ろにいった声を出した時には、必ず演奏をストップさせます。そして、お約束であるかのように、

"Avantiiii!!!!"

と、レッスン室に先生の声が響き渡ります。

 その徹底ぶりは凄まじく、わずかな変化さえ絶対に見逃しません。そして、それが直るまで何度でも何度でも繰り返すことになります。私自身、初めてレッスンを見学した頃は、良し悪しの区別がつかないこともしばしばありました。

 "Avanti"とは日本語に直すと「前」、そして、同様におっしゃるのが"Su"、これは「上」ということです。つまり簡単に言えば、常に前で、そして上で歌う、ということが求められているわけです。

 しかし、実は、「前」というのは決して珍しいことではありません。日本にいる頃にそのようなことを聞くことは、私の環境では稀でしたけれども、イタリアでは、当たり前のように用いられる用語です。

 そして、日本でも「ポジションを高く」なんていうフレーズはよく聞くものであり、私が芸大の学生の頃に、学生間でも話題になることはしばしばありました。

註:先生によっては「前」ということを重要視されてる方もいらっしゃいますので、普通にレッスンで聞く言葉だ、という方ももちろんいらっしゃることでしょう。特にイタリアで勉強された先生はより気にするのではないでしょうか?
註:中には「マスケラ(仮面)で歌う」、という言葉を用いる方もいるかと思います。それぞれの先生でどのようなニュアンスを大事にするか、という違いはあれど、私の実体験では、「前で歌う」と同様の意味で用いられているようです。

 実際のところ、私がイタリアで勉強を始めた頃から、私は「後ろで歌っている」ということで、まずはそればかり、徹底的に直されたものです。余談ですが、「こんなに前、前ってまるで鼻声みたいだけどこんなんでいいのかなぁ」などと疑いすら持ったものですが、それについては別の話で述べることとしましょう。

 さて、それでは、フレーニ先生はそういった一般的なことしか仰らないのか、ということになりますが、その問いに対しては、Yesといわざるを得ません。しかし、先ほども申し上げました通り、その精度が段違いなのです。

 実際に数値に表すことはできませんが、普通の先生が80%くらい "Avanti, Su"で歌えればよしとすることを、フレーニ先生は99.99%以上でなければ決してよしとしない、そんなイメージだと思って頂ければいいかと思います。

 つまり、まとめると、"Su"であり、"Avanti"な声でなければ、それは歌のための声ではない、ということなんです。


 しかし、そういったところで…、


上にある声、前にある声、って実際なんなんだ?!


というのが、多くの方が抱える悩みなのではないでしょうか。

 「声」という「音」は声帯で生み出されるものです。しかし、声帯が前に行くわけでも、上に行くわけでもありません。上で歌う、前で歌うといっても、何を変えれば声が前に行って、声が上に行くのでしょうか?

註:物理的に声帯が前に行く、上に行くということは起こり得ないことではありません。しかし、それが声が前にある、上にある、ということとは全く関係がない、といっても差し支えないでしょう。

 

ポジションを高くとは、一体何のポジションが高いのでしょうか?

 これってイメージの話なんですか?物理現象の話なんですか?

 本当に声が前に、上にある方がいいんですか?


 残念ながら、これらのことに、論理的な答えを出せる方には、私はほとんど出会ったことがありません。勉強をした人同士の話題にはよく出てきますが、明確な答えを持っていないものですから、結局イメージの話で終わってしまいます

 そして、私は発声について書いてあるすべての本を読んだわけではありません。しかし、今まで読んだ文献の中で、これらのことに明確な答えを出しているものは皆無です。

 ですので、ここで、私がこれを読む皆様を納得させられるかはわかりませんが、可能な範囲でこの謎についてご説明させて頂きたいと思います。


 まずはこちらの図をごらんください。2つの練習室があり、その中にAさん、Bさんがそれぞれいる、ということです(絵が下手なのはここでは重要ではありません)。

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