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その時は、あの場所で


〝地元帰りたいって思ってる?何かのご縁で地元帰ることになりそうだね。〟

手相にそう現れているらしい。

そうだろうな、という気持ちと
まだ帰りたくないけどなという気持ち、両方感じている。

 

青森県階上(はしかみ)、私の生まれ育った町。
太平洋に面していて隣は八戸市、そして岩手県との県境である。
海もあり山もあり、のどかで自然豊かな所でありながら八戸のベットタウンでもあり
青森県住みここちランキング8位の町だ。

 東京に来て13年、関東に出てからを含めると人生の半分くらいは関東で生活してきた。
すっかり東京の人なんだね、なんて言われることも少なくない。

 
地元を離れたのは大学進学の為だった。
両親はなんとか、せめて東北の中にいてくれと私を説得したが、それを押しきり関東を選んだ。
家族から、地元から離れてみたかった。
決して家族が嫌いだとか、地元が嫌いだという理由ではない。
甘やかされている、ずっとそう感じていた。ありがたい事だとは思う。
だけど私は、1人で生きる力をつけたいと思っていたのだった。

 
それからおよそ10年くらいは、たまにGWに帰るか、お盆が終わる頃に帰るとか、
年に1回くらいの帰省しかしていなかった。
特に冬は帰らなかった。帰るなら暖かい時に来いとも言われていたし。

 20代の終わりごろ転職をし、休みがカレンダー通りになったのをきっかけに帰省する回数が増えていった。
それと同時に同級生との再会が立て続けに起こった。

 
帰省するのは嬉しかったけど、何故か勝手に自分がよそ者になってしまったように思っていて、居場所の無さを感じていた。

そんな中、同級生と会うのは大きく私の心境を変えていってくれた。
特に何も知らせずに帰った時の、
〝帰ってきてるなら教えろっ!〟
その一言がどれだけ嬉しかったか。

再び地元にも、自分の居場所を感じられるようになっていったのだ。

 


 

生まれた場所で土に還りたい。

いつからか、そう思うようになっていた。

 

 

 

何年か前に、おばあちゃんに会っておいて、と言われ帰省した。

父の運転する車の助手席に乗り、買い物へ出掛けている時だった。
小さくて白い花が揺れている。広い敷地一面、可憐に咲いている。

 〝これ何の花だべ?〟

運転しながら父が真剣に私に問いかける。

ドキリとした。
いくら年を取ったとはいえ、まだボケるには早い。
本気でこの花の名前が分からないんだろうか?自然を愛し、動植物に詳しい父がこの花の名前を聞いてくるなんて。
心臓が止まりそうに感じながら、強く言葉を発した。

 〝蕎麦だべ?!〟

 〝おぉ、わがってらったが。故郷の事だば忘れでしまったがど思ってらったじゃ。〟

地元を離れてなかなか帰らない娘が、故郷の事をちゃんと覚えているのかどうかが心配だったらしい。

悪戯っぽく嬉しそうに笑う父の横で、私は言葉が出なかった。
本気でボケたのかと思った。芝居が無駄にリアル過ぎるわ!全く…
そんな簡単に生まれ故郷を忘れるわけないだろうが!
色々言ってやりたかったがボケたんじゃない事に安心して脱力してしまったのだった。

 
同時にただただ、嬉しかった。
私もこうやって、誰かの居場所になれるだろうか。


父とのやりとりを聞いているかのように、
蕎麦の花はふわふわと優しく風に揺れていた。

 

 

故郷に敵う場所はない。

どんなに遠く離れても、何年帰らなくても、地元の空気を吸った時の安心感は全てを私に思い出させる。
可憐に咲く蕎麦の花。優しくおおらかに見守ってくれる階上岳。
満天の星空に、冬の雪の匂いや、潮の香り、ヒグラシの声…。
そしてそこで迎え入れてくれる、家族や友人達。


 

本当に、手相の通りになる日が来るだろうか。

まだまだ行ってみたい場所がたくさんある。
色んな人に会って、色んな経験をして。
まだまだ旅の途中なんだと思う。

 
だけど、これだけは、
私の心の奥底で決定しているように感じる。

 

 

生まれた場所で
土に還りたい。

 

 

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