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東京恋物語 ⑯消せない過去のトラウマ

奈々子のホスト通い疑惑、そして宮野の脱税疑惑に関する各テレビ局の報道番組を、ひと通り見終わった後、祐太郎は美月総代表と約束した午後五時、アポロンのメインフロア奥にあるボックス席にいた。
ボックスのソファー席には、美月総代表と三上代表が並んで座っている。
「早く来てもらって、すまなかったな。実は、この記事なんだが・・・」
三上がそう言うと、脇に置いていた芸能週刊誌をテーブルの上に乗せた。それは、奈々子のホスト通い疑惑記事を載せた週刊誌である。
「この写真からみて、場所はウチの店内だと思うんだよな。それと、後ろ姿になっているホストって・・・、ユウ、お前じゃないのか?」
三上の言葉に、祐太郎は軽く頷いた。
「その通りです。私が接客していた卓の写真ですね」
「やはりそうだったか・・・。それで、このジャージ姿の女性は、まさか、あの新藤奈々子なのか?」
「はい。メイクと髪型で従来のイメージをかなり変えてはいますが・・・。それと、この写真は、以前に三上代表と橘さんが相番された夜の写真じゃないかと思います」
三上の問いに対して、「奈々子ではない」と否定することも可能であったが、今このタイミングこそが、ホストから身を引くきっかけになると瞬時に感じ取った祐太郎は、三上による推理が真実であることを伝えたのだった。「あの日か・・・」
宙を見上げるように、ソファーへもたれかかった三上は、その後の言葉を言い出せないでいた。
「ユウ、個人的な事は聞くべきではないが、今回に限っては教えてくれないか。ユウと新藤さんは、どういう関係なんだ?」
先ほどまで沈黙を通していた総代表の美月が、祐太郎に聞いた。
「実は、彼女がメディアに交際宣言した相手・・・、それが私です」
「何だって?確か、彼女の相手はタクシードライバーって、そんな報道だったが・・・」
三上が、慌てた様子でソファーから身を乗り出すように聞いてきた。
「すみません、履歴書には書いていませんでしたが、四月末までタクシードライバーをしていました」
「では、どうしてホストになろうと?」
美月が、いつもの落ち着いた声で聞いてきた。
「それは・・・、エムケーフォースの表に出せない裏ビジネスを調べるためです」
「それは、今日のテレビで、スクープ報道された脱税疑惑の件と関連するのか?」
美月も、先ほどのテレビ報道を見ていたようである。
「いいえ、それとは別の目的がありました」
祐太郎はそう言って、奈々子の後輩女優が、宮野とホストの橘によって、パパ活を強要される状況までになったこと、そして結果的に精神を病んで入院したことを話した。
「橘が、そんなことに絡んでいたのか」
三上が、意外な口調で言った。
「はい。おそらくゼウスに在籍していた頃の話しかと。あと、橘さんは系列のバーを拠点に宮野氏と連絡し合って、女優やモデルの卵、さらには一般女性までも、パパ活をさせようと口説いていたようですね」
そして祐太郎は、一般女性のうちの一人は、自殺未遂を起こしたこともあり、こういった不幸な女性が二度と出ないよう、奈々子は半年間の休暇を使って、NPO法人アクトレス・シェルターを立ち上げようとしていることを話した。
「なるほど。相手の手口を知らなければ、対策も打てないからな」
美月は、口元をほころばせながら言った。
「それで、情報収集はもう済んだのか?」
三上が祐太郎に聞いた。
「はい、終わりました」
「じゃぁ、ホストを辞めるのか・・・」
そう言った三上は、深く頷いた祐太郎を見て、少し残念そうな表情を見せた。
「ホストを辞める前に、これだけは話しておきたい。聞いてくれるか?」
美月が真剣な表情で、祐太郎を見つめた。
「宮野はなぁ・・・、かつてこのエスプリグループで、ホストをしていたんだよ」
そして美月は、宮野が母子家庭で育ち、小学校から中学校を通じて、いじめを受けていたこと、そして成績が優秀であったものの、金銭的な理由で大学へは進学することなく、専門学校へ入ったことで、学歴に関するコンプレックスを強く抱いていることを話した。
「プライドの高い男だから、自分より学歴の高い相手に対しては、頭を下げたくないんだよ、アイツは・・・。だから、女性を使ったハニートラップで、つねに自分が優位になるポジションを作ってビジネスをするようになったんだと思うよ」
「そんな過去があったんですか・・・」
祐太郎は、しみじみとした表情で言った。
「だからだろう、自分と同じ暗い過去を背負ったホストたちには、面倒見が良くてね。ただ、一番仲が良かった年長のホストが若くして死んでしまった後だったか・・・、急にホストを辞めてね。小さなゲーム会社に就職した。それ以降はしばらく音沙汰がなかったんだが、アイツが独自で作った女性専用のアルバイト紹介アプリが大ヒットした後、また昔のホスト仲間と会うようになったようだね」
そして美月は、宮野がそれ以降、ホストへ女性を紹介するために、系列のバーを使い始めたのではないかと話した。
「よく分かりました。でも、宮野氏が、本意でない女性たちを夜の世界へ引きずり込むのは・・・、やはり、止めるべきではないかと思います」
「その通りだ。それについては、私も何か打つ手を考える。ユウも、何かアイデアがあったら、ホストを辞めたあとでも構わない、遠慮なく私に連絡して欲しい」
美月の言葉に、祐太郎は「了解です。よろしくお願いします」と頭を下げた。
「では、ユウのラストは、一週間後で予定するが、いいか?」
「はい。ありがとうございます」
祐太郎の返事で、美月と三上は、同時にボックス席のソファーから立ち上がると、事務室へと向かった。
「ふうっ」
祐太郎は、深く安堵のため息をつくと、その後ろでは、午後六時半の朝礼を前にして、ホストたちが続々と接客ホールに集まり始めていた。

いつも通りのホスト勤務を終えた深夜一時半。
さまざまな灯りで照らされた歌舞伎町の街には、この時間になっても、多くの若者たちが行き交っている。
祐太郎は、区役所通りを真っ直ぐに、ひとり大久保通りへの帰り道を歩いていた。その途中、鬼王神社の交差点で信号待ちをしていると、自分の真正面を広告宣伝車のアドトラックが通り過ぎてゆくのが見えた。
「これって・・・」
祐太郎の前を通過するそのアドトラックは、エスプリグループの宣伝をしている。そして、その大きな車体の側面には、期待のニューフェイスというキャッチコピーで自分の顔が大きくプリントされていたのだった。
「ここまでしてくれたのに・・・、総代表、ごめんなさい」
祐太郎は、なぜか自分がとても申し訳ないことをしてしまったという思いに駆られ、行き過ぎるトラックに向けて深々と頭を下げたのだった。
「ただいま」
祐太郎が、大久保にある部屋のドアを開けると、奈々子はパソコンに向かったままで、つぶやくように「お帰り」と言った。そして、祐太郎のほうに自分が見ていたパソコン画面を向けた。
そこには、IT業界の風雲児、宮野浩介氏に脱税疑惑か?というタイトルで、ネット記事が映っている。
「以前、フリージャーナリストの瀬戸さんから、エムケーフォースのスクープ情報をテレビで報道する前に、直接その詳細を聞いたの。その時、『実名は出さないで』って、お願いしたのよ。だから、彼はその通りに実名を出さなかった・・・。でも、やっぱりどこからか漏れてしまうものなのね」
「なるほど。昼間のテレビで瀬戸さんがスクープ情報について説明した時、彼が実名を出さなかった理由がいま分かったよ。奈々ちゃん、やっぱりやさしいね」
「だって・・・、変に逆恨みされたら困るじゃん。それと、以前に祐くんも言ってたじゃない、『相手が攻撃してこない限り、法的な証拠になる事実を集めるだけでいい』ってね」
そんな奈々子に、祐太郎は微笑みながら軽く額にキスをした。
「いまの報道だと、まだ疑惑の段階だし、宮野氏が財務担当の不手際ということで、修正申告すれば、おそらく彼の名誉は守れると思うよ」
祐太郎はさらに、政治家の秘書や官僚への接待についても、弁護士に依頼して利害関係が無いことを主張すれば、時間はかかるが、いずれマスコミも騒がなくなると話した。
「やけに宮野の肩を持つのね?」
そんな奈々子に祐太郎は、美月から聞いた宮野の過去を話し始めた。
「母子家庭だったの・・・、あの人。私の場合はおばあちゃんだったけど、なんだか似てるわね。それと、学歴コンプレックスって、男なら誰でもあるのかもしれないけど、彼の場合はそれが人一倍強烈だったのかな」
さらに奈々子は、精神を病んだ後輩女優の栗原翔子は、都内の有名私大卒だったと話した。
「彼女、本気で宮野のこと好きだったみたいね。でも、宮野はただ、美人の高学歴女子を弄んだだけだった・・・、あげ句の果てには、ホストへ紹介して」
「それも、学歴コンプレックスが原因だと?」
「たぶんね。子供から青年期にかけてのトラウマって、なかなか手放せないものだと思うの」
奈々子は、自分が中学生の頃、祖母が体調を崩したために、仕事の収入が減ってしまい、さまざまな出費もあって、修学旅行の費用が捻出できず、行くことができかった。それが原因で、今もなお集団で旅行に行くことに対し、恐怖感や嫌悪感があると話した。
「じゃあ、どうすれば、そのトラウマっていう精神の病みたいなものを消せるのかなぁ~」
祐太郎は、これまで両親の下で何不自由なく育てられたことから、トラウマという体験もなく、その具体的な精神状態を想像することができすにいた。「そんな消せるってものじゃないわ。でもね、良いも悪いも・・・、『これが私の人生だ!』って思うことかも。仕事柄、これまで映画やドラマでいろんな役をさせてもらったわ。それって、演じるんじゃなくて、すべてが魂レベルでの学びだったように思うの」
「なんだか、よくわからないけど、わかるような気もする・・・」
祐太郎の怪訝な顔に、奈々子は笑いながら、「坊っちゃんには難しいかな?」、とからかうように言った。
「例えば・・・、坊ちゃんも、それを経験する人生だし、たたき上げの人も、ひとつの人生。良いも悪いも関係なくて、その全部が貴重な経験だってこと?」
「その通りよ。みんなが求めるような、普通に勉強して、普通に仕事して、普通に結婚して・・・そんな人生って、つまんないでしょ。祐くんだって、私と関わったばかりに、歌舞伎町のホストになったりしたしね。」
そんな奈々子の話しを聞きながら、祐太郎は美月総代表の言葉を思い出していた。それは、童心、正義、愛情の三カ条である。「人生に起こるいろんな経験・・・。人は子供の心のように先入観なしで、それらと向き合い、たとえそれが試練でさえも、愛情をもって受け入れながら生きるべきなのかもしれない・・・」、祐太郎は心の中で、そうつぶやいていた。

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https://note.com/miyauchiyasushi/n/n79ca00cafa60


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