「他人にやらされてた練習は努力とは言わねぇだろ」
「他人にやらされてた練習は努力とは言わねぇだろ。 好きな野球(コト)して将来飯食ってこうなんて図々しい特権、与えられた宿題(コト)こなした程度で手に入るわけねぇじゃん」
満田拓也著『MAJOR』 茂野吾郎のセリフ
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小学校~高校、少林寺拳法の道場に通っていた時は、いま考えると先生に言われたことを何も考えずにただやっているだけだった。
体が小さく、運動能力も高くないので、言われたことだけですら一杯いっぱい。
それだけで上手くなる・強くなると思い込んでもいた。だって先生の言うことだからね。+αのことをするなんて、ガキのアタマじゃなかなか、ね。
本当に時々、練習外に友達の家に集まって拳立てとか走り込んだりしていたが、んまぁそこは何も考えていないガキンチョ、すぐに遊びに切り替えていた。
時は流れてプログラマ時代。
客観的に周囲から言われたことはもちろんのこと、自分で率先して+αの弱点や課題を探して修練。これは割とフツーのコトでした。
最初に入った会社は、失礼ながらさほど大きい規模でもなかったけど、今でいうリスキリングは当たり前の環境。多くの先輩方は呼吸するよう学び続けていたし、きっとそれを努力とも思ったことがないのだろう。
たとえば、Windowsの脆弱性を研究し、外部と繋げていないPCに自分でウィルスを作成し培養。さらにそれを駆逐するアンチウィルスも同時に作るような人もいた。自動処理で成り行きを見守りながら酒を飲むのが好きなんだよねぇと語っていた。
なかなか特殊なケースだが、そういった技術向上の研鑽をする人もいる。
身を置いている世界で生きるため、生き抜くために、与えられたモノ以外を自身で考えてこなすのはフツーのこと。フツーのことではあるんだけど、心底本当に好きなことでしか出来ないし、続けられないと思う。
過去の実績にしがみついて、「その場」にとどまることが目的になっていた先輩ももちろん一部には。そういった人はのちのM&Aによる、ある種の有事の際に「窓際」へと追いやられていった。
普段から備えてやるべきことをやっておかないと、あっという間に社内、業界、世界から置いていかれる。
僕はプログラミングも設計も折衝も社内人事も好きだったが、大好き・超絶好きってほどでもなかったのだろう。
残念ながら自宅PCにウィルスを培養するまでの努力は出来なかった。。。笑
んで、さらに時は流れて写真の世界へ。
在京時代に趣味としてやっていた写真だったが、
「どうせ写真上手くなりたいんだったら仕事にしちゃえば良いじゃん(良いじゃん)」
……と、簡単に考えていた訳でもなかったけど、結果的には片手間の趣味ではなく写真の世界に足を踏み入れて良かった。
仕事と趣味を分ける人も勿論正解。
でも僕はプログラマ時代に炎上案件上等の現場主義で育ってしまったので、どうせ毎日のように写真に触れるんなら、仕事としてピリピリの緊張感を持ってやる方が性に合っているようで。
んで、この世界に遅れて入って来たから、ということもあるが、まだまだ全然ヘタクソだし、どんなに時間を注ぎ込んでも足りないと感じている。
そして、何をするにしても、どんなに時間をかけても、苦にならない。
天職かどうかは分からんが、きっと、「死ぬほど好きなコト」なのだろう。
もちろん、月々の請求や春の確定申告などをはじめ、「好きなコト」以外にやらなきゃならないコトは山のようにある。
その辺りは努力とは言わないが、そんなムダ(?)な作業の時間のスキマにする「写真」が大好きでして。
そういえばいつの間にか、ひとつの職業や会社に縛られる時代でもなくなりましたな。
生きることや今の仕事に苦しくなったら、まばたきや呼吸と同列に置けるくらい生きるために当たり前のコト、努力を努力と思えないようなコト、探してみるのも吉。
人生は一本道じゃない。
僕は死にかけていたけど、写真に救われた。
それを職業にするかどうかは置いといて、それに出会えると精神的にだいぶ楽になります。。。
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