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日々のこと 0317 岸政彦の本を鞄に入れて淀川沿いを歩いた話(後編)
大阪で淀川を歩いてる話、つづきです。
前編はこちら。すぐ読めるからチラリと見てね。
岸政彦さんの「図書室」を持って河川敷を歩いていたら、唐突に自分が今この表紙写真の付近にいることに気づいてしまった、という話。
ただし、向こう岸で。
ここまで来たら、渡るしかあるまい。
にしても淀川、デカい。どっから渡るんだコレ。
ようやく渡れそうな橋を見つける。あずき色の電車が鉄橋を渡っていくのを横目に、私も川を渡る。
淀川は想像よりもずっと大きな川だった。かなり深そうで、上から見ていると怖い。強風だし、乗り出したら絶対落ちる。隙間から覗くぐらいしかできない。でも日差しを受けて光る水面がきれい。
スプリングスティーンの「The River」、先日見た映画に使われてたなと思う。ジミー・クリフの「Many Rivers To Cross」も思いつく。最近だとトーフビーツもあった。「Cry Me A River」「川の流れのように」、あとなんだっけ。川を歌った曲は数限りなくある。みんな川が好きなんかな。私も好き。
「体力のない人は注意」とか言われると、急にビビる性質である。しんどいのキライ。体力もない。でも今んとこ、いくらでも歩けそうな気がする。
注意書きの看板の隅っこに子ども用のフリースが掛かっていた。暑くて脱いで、落としたんかな。この子はママに怒られただろうか。ここにあるよ、誰かが拾って掛けてくれてる。
そういえば小学生の時、下校時にランドセルを落として帰ったことがあった。「なんで!」と叱られた。そりゃそうだ。あの時は言えなかったけど、途中で面倒になって捨てたんだ。急にすべてが面倒になることって、今でもたまにある。ランドセルは近所の人が届けてくれた。みんな、ダメな子にも意外と親切だと思う。
どうにかあの風景に近づいてきた。土手の上にお地蔵さんがいた。お地蔵さんというのは、たいてい手作りの衣類をつけている。近所の人がせっせと作って着せてる様子を想像する。このお地蔵さんも供花がまだ新しい。
来たよー、図書室!!!
ここだーー!!
嬉しいので、持っていた傘を意味なく置いてみる。岸政彦さんの本には「ビニール傘」というのもある。夢のコラボ(?)。
傘を開いて撮ろうと試みるが、風が強くて無理だった。川辺に打ち捨てられたビニ傘になった。
でも満足。たいへん満足。
「図書室」という本にはもうひとつ「給水塔」という自叙伝エッセイも収められている。それで初めて知ったのだが、岸さんの出身地は名古屋らしい。コテコテの大阪人だと思ってたので、読んだ時は驚いた。冒頭に「名古屋で生まれたけど、この家とこの街を出たいとそればかり考えていた」とあり、名古屋はその一行にしか出てこない。
私もそうだった。名古屋で生まれ、街も家も嫌いだった。とにかく出たくて18歳で出た。今は再び名古屋で暮らしている。岸さんは、きっと自分は大阪で人生を終えると書いていた。私は、この先のことが分からない。どこで人生を終えるのか、というよりどこで続けるのか、本当に分からないと思う。
だけど今日のところは、大阪からまた名古屋に戻る。チビ猫も待ってる。チビに早く会いたい。
そういえば。
「図書室」の表紙に映っている建物は「OSAKA KASEI」じゃなく「OSAKA KESSEI」だった。よかった、大阪湾で迷子にならなくて。
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