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#100今夜はカレー曜日。

おはようございます。今週も先週にひきつづき、没エッセイ(エッセイのコンテストで落ちた)作品をアップしていきたいと思います。落ちた時には自分でもけっこう「落ち込んでいる」つもりでした。でもそれは「つもり」だったようです。一度はドッと落ちた気分は、それほど時間をかけずにまたムクムクと復活していました。きっと年を取ったおかげです。

このエッセイはある秋の日の、わたしがまだ働いていた頃の出来事をエッセイにしたものです。夕食のカレーを準備しながら、自分が小学生だった頃のことを思い出したのです。思い出の中では、昭和の団地のなつかしい空気が色濃く残っていますが、あの団地に今はもう実家はありません。田舎に移り住んでしまったからです。お隣りに住んでいた幼馴染みの友だちが、結婚してから我が家の土地を買ってくれ、家を立てて暮らしています。今、その団地に住んでいる人たちは高齢化して、子どもは少なくなっているようです。

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秋になると日暮れが早い。仕事から戻るとすぐに台所に立つ。娘にリクエストされていたカレーがようやく仕上げの段階に入る頃、

「あ、ルーを買い忘れてた」

あわてて家を飛び出し、近所のスーパーに向かう。暗い歩道をランドセルを背負った小学生たちが、ふざけ合いながら通り過ぎていく。なつかしい。私にもあったな、あんな頃。

かれこれ○十年前、山のふもとの小さな団地に私たち家族は住んでいた。似たような家族構成の住民たちが、声をかけあい暮らしていた。うちは両親が共働きで私は鍵っ子だったけど、隣りも、そのまた隣りも鍵っ子だったから、それが当たり前だと思っていた。金曜日には団地の子どもが十人ほど、近くの習字教室に通っていた。

帰り道は暗い。森の中の近道を通ると早いので、皆でそろって帰った。近道は木々に覆われていて道は細く、一人ずつしか通れない。私たちは列を作って前進した。先頭と一番後ろは上級生が引き受けた。それでもお化け屋敷のような怖さがあって、時々こらえきれず誰かが「ギャッ」と声をあげると、皆一斉にワーッと走り出してしまう日もあった。

夜道を走るのは危険だ。誰が言い出したのか、いつしか全員でドラえもんを歌いながら歩くようになった。大きな声を張り上げ、近道を通り抜けるまで歌い続けた。声を魔除け代わりにしていたのだ。団地の入り口につくと、ホッとした空気が子どもたちの間に広がった。

自分の家の前まで来ると、ひとりずつ「バイバイ」とそれぞれの家に駆け込んでいく。段々子どもの数が少なくなっていく。もうすぐ我が家だ。

「あ、カレーの匂い」

どこからかカレーの香りが漂ってくる。どこの家の匂いだろう。うちだったらいいのに。

金曜日は、習字から帰ってくる私たち姉妹を母さんが待っていてくれる、とっておきの日でもあった。玄関を開けた時、カレーの匂いがすれば大正解。カレーの匂いは、母さんがうちで待ってくれている匂いだった。

急げ、急げ。私はルーを持って足早に家へと向かう。今夜はうちもカレー曜日だ。





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