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さがしもの。

放課後、だれもいない公園で、よしおは一人ぶらんこに座っている。肩が丸まって、元気がなさそうだ。時々、思い出したようにため息をついている。大切にしていたおもちゃのカードをなくしてしまったところなのだ。でもよしおには、それがどこにあるのか見当がついている。おそらく同じクラスのまさるに取られたのだ。体育の授業のあと教室にもどったら、サッと自分の席からはなれていくのが見えたから。

(まさるに問いただして、返してほしいって言えたらな)

そう思うけれど言えそうにない。だってこわいんだもの。まさるは体も大きいし、ケンカも強い。

(どうしたらいいんだろう…)

あれはお小遣いの二ヶ月分で買ったカードだ。お母さんにどうしてもとお願いして、来月分まで前借りして、やっと手に入れたのに。悔しくて悔しくて、ひざの上でぎゅっとにぎった握りこぶしの上に、ポタポタと涙がこぼれる。

「おや、こんなところで、どうしたんだい?」
ハッと顔をあげると、目の前におじいさんが立っていた。音もなくやってきたので気づかなかった。
「なんでもないです」
「なんでもないことはないだろう。泣いているじゃないか」
おじいさんは細身で、手品師のような黒いシルクハットをかぶり、光沢のある縞のスーツを着ている。足元のブーツは黒く光っている。

「君は何年生?」
「三年生」
「そうか。今どきの子どもは、背が高いんだな」
おじいさんはまじまじと、よしおの姿をながめてから、こう続けた。
「遠慮しなくていいよ。話を聞くだけなら、ただなんだから」
おじいさんがにっこり笑うと、口元からきばんだ歯が見えた。

悲しみで胸がいっぱいになっていたよしおは、気持ちを抑えきれずに、カードをなくしたことを打ち明けた。

「そうか、それはつらいだろうな」
おじいさんは、となりのぶらんこに座り、うなずきながら話を聞いてくれた。
「どうしても、取り返したいのかい?」
「でも無理だと思う。直接、問い詰めることがぼくにはできないから」
おじいさんは、うーんと唸り声をあげて、腕を組んでいた。

「わたしが、取り返してやってもいいんだが…」
「え?」
とつぜんの申し出に、よしおは驚いた。このおじいさんが、どうやって?よしおには想像もつかない。でもおじいさんは真剣に考え込んでいる。

「君が了解してくれるのなら、手助けしてやってもいいよ。その代わり…」
「その代わり?」
「カードを取り戻せたら、わたしのさがしものを手伝ってもらいたいんだ」
「わかりました」
さがしものくらい、いくらだって手伝うさ。あのレアなカードが戻ってくるなら。

おじいさんは、よしおの思いつめた顔をちらりと見てから、手品師のように指をぱちんとならした。すると右手に、大きな黒い手鏡が握られていた。
「いいかい。これは特別な鏡だ。見つけたいものを念じながら中をのぞくと、その姿が鏡にうつる。君は心の中で真剣に、見つけたいカードのことを考えるんだ。それから一緒に鏡の中をのぞくとしよう」

よしおは目をつぶり、
「ぼくのカード、ぼくのカード」
と二回、声に出さずに念じてから、鏡をのぞいてみた。やっぱり。鏡にはまさるがうつっていた。子ども部屋でうれしそうにカードを手にしている。他にも沢山のカードが机の上に広げてある。

「この子が君のカードを取ったのかい?」
「そうです」
「それはいけないね。さっさと返してもらおう」

そういうとおじいさんは、胸のポケットに左手を入れた。
「いた、いた」
何か小さなものをつかんでいる。
「さあ、いっておいで」

おじいさんが鏡の前で、手のひらをさっと開くと、親指ほどの赤鬼が出てきて、ぴょんと鏡の中に飛びこんだ。「あ」よしおが呆気にとられているうちに、小鬼はまさるの机の上に飛びのると、「ヤア!」とまさるの顔面をなぐりつけ、手にもっていたカードを引きぬいた。まさるが、なぐられた顔を両手で覆っているうちに、小鬼はまたぴょんと鏡の中に飛びこんで、おじいさんの手のひらにもどってきた。

「よしよし、よくできたな」
おじいさんは、小鬼の頭をやさしくなでると、また胸のポケットにしまいこんだ。
「さ、これを君に返そう」
「ありがとう」
よしおは、なんだか狐につままれたような気分だった。もう二度と戻ってくることはないと思っていたカードが、ちゃんと自分の手の中にある。
「ありがとう」
よしおは感謝の気持ちで胸が一杯になりながら、もう一度おじいさんに礼を言った。

「今度は、わたしのさがしものを手伝ってもらおうかな」
おじいさんは、ホッホッホと声を出さずに肩をゆらして笑った。
「いいかい、わたしの話をよ〜く聞いて、頭の中に思い浮かべてほしいんだ。わたしはね、小鬼使いだ。さっき見せただろ?あれが赤鬼。赤鬼はなんだってほしがる、欲が深い鬼だ。他にもね、いろんな色の鬼がわたしのポケットの中に入れてある。必要に応じて、どの色の鬼を使うか、わたしが決めるんだ」

ふだんは目に見えないけれど、人間にはその人にふさわしい小鬼がくっついているという。まさるには赤鬼がぴったりだと思ったから、カードを取りに行かせたのだとおじいさんは説明した。
「同じ色同士の小鬼は、そばに近寄ってもケンカにならないから」
なるほど、まさるは赤鬼か。だからぼくのカードもぬすんだのか。おかしくて、よしおはくすっと笑った。

「もともと五匹の小鬼を飼っていたのに、一匹逃げてしまってね。代わりの小鬼を捕まえたいんだ」
「ぼくはどうしたらいいの?」

よしおは少し不安な気持ちになった。でも、断るわけにはいかない。取り返してもらったレアカードを寄こせと言われたくないからだ。

「君の友だちの中で、鬼のようにわがままで、いじわるで、乱暴で、いやなやつを一人ずつ、頭に思い浮かべてほしいんだ。そして鏡をのぞく。わたしがのぞんでいる子どもが見つかれば、君の仕事は終わりだ。あとは何も心配しなくていい」

それって、だれかを小鬼にするってこと?よしおはゾクゾクした。こわかったわけじゃない。ワクワクしてしまったのだ。気の弱いよしおは、同じクラスの友だちに嫌な目にあわされることが多い。それなら簡単。一番きらいなやつを、このおじいさんの小鬼にしてもらえばいいじゃないか、とよしおは思った。

「さあ、やってみよう」

よしおはひとりずつ、自分のきらっている友だちの顔を頭に思い浮かべた。はじめは健。勉強が得意で、いつもよしおをバカにする。
「この子は青鬼だ。青いのは必要ないんだ」

次はマミ。よしおのとなりの席の女の子。甘えたがりで、忘れ物が多い。しょっちゅうよしおに消しゴムや定規を借りている。
「残念だな。この子は黄色の鬼だ」

二人とも、おじいさんの欲しがっている色ではないらしい。「それなら」とよしおは、掃除当番が同じ大輝のことを思い浮かべた。サボり癖のある、おデブさんだ。
「ははあん、この子は緑鬼だな」

どの子も、おじいさんが求めている色の小鬼はくっついていないらしい。よしおは困ってしまい、がっくりと肩を落とした。その時、うなだれたよしおの姿が鏡にうつった。おじいさんの目がキラリと光った。

「君、いろいろ手伝ってくれてありがとう。もう大丈夫だ」
「え、どうして。見つかったんですか?」
「ああ、思わぬところにいたんだよ」
よしおはほっとした。これでカードを持って家に帰れる。もう二度とだれにも見せるもんか。学校にも持っていかない。ぼくの大事な宝物なんだから。帰ろうとしたよしおの肩を、おじいさんがぽんぽんと叩いた。

「それじゃあ、最後に大きく深呼吸をして、なんにも考えずに、この鏡をのぞいてくれないかい。これで君の仕事はおしまいだ」
「わかりました」
よしおは、胸を反らせて大きく息を吸い込むと、フーッと勢いよく空気を吐き出し、さっきと同じように鏡をのぞいた。鏡の中には黒い小鬼がうつっていた。「あ」よしおの声が半分、聞こえたか聞こえないくらいのうちに、おじいさんは片手でさっとその小鬼をつかまえた。

「ふー。今度こそ逃すもんか。黒い小鬼は疑いぶかい。不満がいっぱいたまっておるからな。ホッホッホ」
おじいさんは、捕まえた小鬼を胸のポケットにしまった。それから指をぱちんとならすと、手に持っていた鏡は消えてなくなった。

おじいさんはすっきりした表情で立ち上がった。
「これでようやく五色の小鬼がそろったな。では、わたしは屋敷にもどるとするか」
おじいさんは頭のシルクハットの位置を正し、背筋をピンと立てて公園を出ていった。おじいさんが行ってしまうと、公園はぶらんこがゆれているだけで、そこにはだれもいなかった。

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