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牧くんのコンビニ生活#9(ふしぎなタバコじいさん①)

ぼくたちがタバコじいさんと呼ぶ小柄な男性は、だいたい3日に一度のペースでいちごマートへやってくる。ユースケくんの後輩のバイトの子が、小さなメモみたいな用紙をレジの奥に貼って、しばらくの間、タバコじいさんが来た日に丸をつけて確認をとったみたいなのだ。最近の若者は、こういうことは結構楽しんで真面目に取り組むらしい。まるで野鳥の会か何かみたいだ。

お店に入って来ると、タバコじいさんは迷うことなくレジに近寄ってくる。そしてタバコの並んだ棚を指さしながら、

「23番、1カートン」

とだけ口にする。うちの店では23番はホープだ。いかにも長年タバコを吸い慣れてきた人が選ぶ銘柄という感じがする。と、知ったかぶりした言い方をしてみたものの、ぼく自身はタバコは吸わない。大学生になったばかりの頃は、タバコに憧れた時期もあった。でもちょっと吸ったくらいでは、あれを美味しいと思えるようにはならないんじゃないかな。うちの父さんは、以前はヘビースモーカーだった(母さんに止められて、6年前から禁煙している)。父さんは、

「大学の先輩らと酒飲んで、麻雀して、一晩中プカプカやってるうちに、タバコの味を覚えた」

と話していた。身近にタバコの味のわかる、ちょいワルで、かっこいい先輩なんかがいたら、ぼくもタバコを吸っていたかもしれない。吸わないのは健康にはよいのだろうが、男としての魅力を身につけ損なってしまったような、妙な寂しさもある。

タバコじいさんの声は、少しハスキーだけれど、よく通る。背は低いけど、つぶらな瞳がキラキラしている。マスクはいつも付けていない。このご時世、マスクをしていないだけで「こいつ、何考えてんだ?」とでも言いたげな、批判的な視線に晒されることも多いというのに。周囲の視線なんか気にしない、堂々とした表情にも好感がもてる。

ただ格好がひどい。お客さんのことを外見で判断するのはどうかと思うけど、くたびれたシャツに、黒い油染みのような汚れのついたズボン、すりきれたサンダル履きという出で立ちだ。

歩き方がヨロヨロしているのも、見ていて心配になる。いちごマートまで、よくぞ転ばず歩いてきたねと、褒めてあげたい気持ちにすらなる。まあ、この店の近くに住んでいるからこそ、いつもやってくるんだろうけど。

コンビニの場合、だいたい一つの店舗に来るお客さんの数は1日に1000人といわれている。多くの人が500メートル以内の場所から歩いてやってくる。徒歩で5〜6分といったところだ。店内に滞在する平均時間は約5分、その間に一人の人が3〜4個の商品を選ぶ。金額にすれば500〜700円程度、今は消費税が10%だから、もう少しお金は使うのかもしれない。

そんな中、タバコを買っていくお客さまは神様みたいなものだ。タバコはどんどん値上がりしているし、ホープだって一箱300円、1カートンなら3000円だ。

タバコの販売は「たばこ事業法」(法律)と日本たばこ協会による「自主基準」で制限やルールが整理されていて、今や喫煙者の80%以上はコンビニでタバコを購入している。そのため、コンビニには約230種類ものタバコが常時揃っているのだ。そんなタバコだから、売り上げは店舗の商品全体の20%を占めている。

うーん。でもなあ。ぼくとしてはなあ、タバコじいさんにはタバコじゃなくて、何か食べ物でも買って帰ってほしいと思ってしまう。タバコにあんなにお金を使わなくても、もうちょっと身体に良さそうな食べ物を買うとか、タバコ2カートン分を貯めておいて、新しいズボンを買うとか、心地よい暮らしをするためのお金の使い道は他にもあるだろうに。

ぼくみたいな見ず知らずの若者が、そんな思いで自分のことを眺めているだなんて、タバコじいさんは考えてもいないだろう。この人がニッコリ挨拶を返すのが、ユースケくんただ一人だというのも、負けたようで、なんだか悔しい気持ちになる(アイドルでもないのに、高校生男子に競争心をかきたてている自分が、益々情けない)。

考えてみると、ぼくみたいな大学生にとって、一番接点の少ない相手は高齢者なんじゃないだろうか。大学構内ですれちがうのは90%は若者だし、大学の周辺で見かけるのも85%は若者だし。本当はこれまでも、後期高齢者と呼ばれる75歳以上の人たちが、ぼくの生活圏内にも沢山いたはずだ。でもコンビニで働き始める前は気付かなかった。人って、自分に関係のない情報は、入ってきても脳内をスルーしてしまうのだろう。

たばこじいさんが気になるようになってから、ぼくは街中を走る「○○ケア」という文字の入った軽自動車をよく目にするようになった。それはデイサービスの送迎に使われている車で、中をのぞくと後部座席にお年寄りが座っているのが見える。小さな子どもが幼稚園バスで園に出かけるように、ある程度歳をとったら、昼間に高齢者たちが集まってすごす場所があるのだ(もちろん年を取った人が全て、そういう場所に通っているわけでもないだろうけど)。

総務省統計局から発表された今年の高齢者人口をみてみると、65歳以上の人が3625万人で、高齢者人口率は29.3%、前の年よりも2万人増えているらしい。このままどんどん増えていくことはないだろうけど、高齢者の数がようやく減っていく時には、同じように日本の総人口も減っていくのかと思うと、うーん、日本ってどうなるんだろうと思う。もちろん具体的な想像なんてできやしないけど。


(つづく)




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宮本松
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