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黄色いドレス。(1)

朝早く、黄色い帽子をかぶった小学生たちがにぎやかにおしゃべりしながら、小さなお店の前をとおりすぎていきます。
「子どもたちは、今日も元気そうだ」
店の中から子どもたちの様子をやさしいまなざしでながめているのは、ヨシダさんです。

ヨシダさんは、洋服の仕立屋さんです。この場所にお店をひらいてから、もう何十年にもなります。ヨシダさんの故郷は、ここから遠くはなれた田舎にありました。ヨシダさんは子どもの頃から、うつくしいものを見るのが何よりも好きでした。きらびやかな東京へいきたいといった時、家族の皆が反対しました。それでもヨシダさんは、ひとり汽車にのって故郷をはなれました。そして東京のまんなかにある有名なお店で、洋服を仕立てるしゅぎょうをはじめました。手先がとても器用だったからです。

若かったヨシダさんは、だれよりも早くお店に出て、だれよりもおそくまではたらきました。お店の掃除も手をぬきませんでしたし、お客さんからいただく洋服の注文は、ていねいに聞き取り、メモに書き残して、兄弟子にわたすようにしました。無口なヨシダさんは、親方にその仕事ぶりをみとめられ、他の人よりも早くにミシンをふむことをゆるされました。

「これだけは忘れちゃいけないぞ。ミシンをふむときは、ほかのことはいっさい考えてはダメだ。自分がまるでミシンの一部になったみたいに、目の前の糸と布地のことだけに気持ちを集中するんだ」

親方のおしえを守りながら、ヨシダさんは朝から晩までミシンをふみつづけました。ミシンの音を聞いていると、ヨシダさんの心は安らぎました。足を前後にうごかすと、手元にあるミシンの針が、カタンカタンと布地に針をさしていきます。ひと針さすごとに、糸が重ね合わせた布地をぬいあわせ、布地が、前へ前へとながれていきます。ミシンの前にすわると、ヨシダさんは、まわりのことが何にも気にならなくなりました。おなかが空いていることも忘れてしまいました。熱心に服づくりに取りくめば取りくむほど、ヨシダさんの腕前はみがかれていきました。ときどき兄弟子から、つらい目にあわされることもありました。ヨシダさんが親方からかわいがられるのが、気に食わなかったのです。服の糸をわざとほどいたり、布地のはじっこをやぶったり、さばききれないほどの仕事をおしつけたりするのです。でも、どんな仕打ちをうけてもヨシダさんは穏やかな笑顔をたやしませんでした。

ある日、ひとりの女性がお店にやってきました。つばの広い麦わら帽子をかぶった若い女性は、ワンピースを作りたいといいました。
「どの生地を選べばよいのかしら。これほどたくさんあると、まよってしまいます」
店内を歩きまわり、ならべられた布地を一つずつ手にとって確かめながら、女性はどんどん途方にくれていくようでした。

「これなんか、如何でしょう」
ヨシダさんは、店のうらにある倉庫から、深みのあるえんじ色の生地を取り出してきました。数日前に仕入れたばかりの、上等な生地でした。
「まあ、すてき。これにします」
女性は、すぐにその生地が気に入りました。

「どなたが、ぬってくださるのでしょう」
「もしよろしければ、わたしが担当いたします」
仕上がったワンピースは、その女性にとてもよく似合っていました。はにかんだ笑顔で、女性はいいました。
「こんな服を着られるなんて、わたしは、とてもしあわせです」
それから数年後、ふたりは結婚しました。

結婚したふたりは、山あいのひっそりとしたこの町に引っ越してきました。おくさんの実家は裕福でしたが、おくさんもヨシダさんと同じように、家からはなれた場所で生活したいとのぞんだのです。だれも知りあいのいない場所で、ふたりは一からお店をはじめました。朝の八時すぎにお店をあけて、夕方の六時まで、いっしょうけんめい働きました。忙しくてお昼ごはんを食べられない日もありました。お店をしめたあとも、ヨシダさんは東京ではたらいていた時と同じように、仕事にはげみました。おかげでお店ははんじょうし、多くのお客さんがくるようになりました。

ふたりには娘さんがひとりいました。ヨシダさんは、娘さんにも数えきれないほどの服を作ってやりました。その子は、女の子らしい服が好きで、店のたなから気に入った布地を選んでは、
「今度はこの生地で、特別すてきなスカートをつくってね」
と、ヨシダさんにお願いするのでした。

そんな愛らしかった娘さんも、今では結婚し家をはなれています。外国の男性と結婚し、男性の故郷の町でくらしています。二年前におくさんを病気でなくしてから、ヨシダさんはずいぶんとふけこんでしまいました。あたまの毛は真っ白で、くちひげも真っ白、目にはあつい黒ぶちのメガネをかけています。長年、こまかな手作業をつづけてきたせいで、視力もずいぶんと弱っています。

数十年のあいだに、世の中の様子はずいぶんとかわってしまいました。人々が身につける洋服も、今では大きなショッピングセンターで、自分好みのものを選べるようになりました。自宅のネットで注文して、取り寄せることもできるようになったのです。

ヨシダさんのお店に服を仕立てにくるお客さんは、めったにいなくなりました。朝から晩までお店をあけていても、目の前をとおりすぎていく通行人のすがたを見ているばかりの毎日なのです。ヨシダさんは、自分がこの世界から取り残されてしまったように感じていました。
「そろそろ、店じまいの時期かもしれない」
ヨシダさんはやわらかい布で、愛用のミシンをそっとなでながら、つぶやきました。


(つづく)





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