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おいらの使命。

おいら、銀ちゃん。小さなロボット型のキーホルダーさ。昼間はトコちゃんのポケットが、おいらの部屋になる。おいらはキンキュー事態に発動する以外は、ここで昼寝をしてすごすんだ。だって、こんな狭いところに押しこまれてたら、満足にカラダを動かすこともできやしないだろ。

トコちゃんに拾われたのは、一ヶ月ほど前のことだ。乱暴な男の子の家にもらわれていったおいらは、投げられ、たたきつけられ、本当にひどい目にあった。男の子はプロレスが大好きで、おいらを相手にいろんな技を再現しようとしたんだな。一週間もたつと、おいらは心もカラダもボロボロになった。

「友だちにも見せてやろうっと」

その子はおいらのことを、すごく気に入って、学校に持っていくことにしたらしい。黒いランドセルの横っちょに、ポチンとつけられて、ゆられていた。

「もういやだ、こんなやつ」

男の子に気づかれないように、おいらは全力でハメ具を外し、エイヤッと地面にとびおりた。ドサ。落ちたところがアスファルトの道路だったら、壊れていたかもしれないな。幸い通学路にあった公園の花だんの中に着地したんだ。

土の中でおいらは何日もすごした。ああ、このままじゃ、サビついて動けなくなってしまう。せっかくこの世に生まれてきたのに、何の役にも立たずに死んでいくのかと思うと、情けなくて辛かった。そんな時、トコちゃんが見つけてくれたんだ。

「何か落ちてる」

可愛い女の子の声がして、おいらは土の中から救出された。水をかけて丁寧に洗った後、ブリキでできたピカピカのカラダを見て「銀ちゃん」と名付けてくれたんだ。おいらもすごく気に入ってる。トコちゃんは命の恩人だ。だからおいらは、何があってもトコちゃんを全力で守る。

「ギュッ!」

図工の時間、トコちゃんの手がおいらをつかんだ。となりの席のやんちゃな男の子が、トコちゃんの新品のクレヨンを奪いとろうとしている。

「発動だ!」
おいらは電波を発信する、ビビー。

「な、いいだろ、替えっこしてくれよ。おれのクレヨン、青と黒がボロボロなんだ」
「いや」
「全部じゃないよ、二本だけ」

押し問答している男の子の頭に、ポンと何かが飛んできた。
「イテ。なんだよ」
クシャクシャに丸まった紙だ。けげんな顔で男の子が、床に転がった紙くずを拾いあげる。

「せ・ん・せ・い・に・い・い・つ・け・る・ぞ」

びくっとした男の子は、キョロキョロと周囲をうかがう。だーれも、こっちを見てるやつはいないのに。怖ええ。男の子はぷいっと前を向いた。どうやらトコちゃんに言い寄るのはあきらめて、自分の絵に専念することにしたようだ。

「ギュッ!」

昼休み。またトコちゃんの手がおいらをつかんだ。運動場では、たくさんの子どもたちが走り回って遊んでいる。トコちゃんが、じっと見つめている先には、クラスの友だちが大勢でドッチボールをしている。きっとトコちゃん、仲間に入りたいけど自分から言い出せないんだ。

「発動だ!」ビビー。
コロン、コロコロ。だれかが投げた青いボールが、トコちゃんの足元に転がってきた。みんながボールと、その先に立っているトコちゃんを見ている。

「こっちに投げて」
「…わたしも、入れて」
「いいよ」

トコちゃんは、おいらから手をはなし、スキップするように走っていった。よかった、今日はみんなと遊べるじゃないか。

「ただいま」
「おかえり」

どうやらトコちゃんが家に帰ってきたようだ。おいらはちょいと一休み。え、これで任務完了なんじゃないのかって?いやいや、それはちがう。一番重要な任務が、このあとに控えているんだ。

夜九時をすぎた頃、トコちゃんがおいらを枕の下にしのばせる。

「お願いね」
「任しとけ」

おいらは声にならない声で、トコちゃんに返事をする。長い夜のあいだ、トコちゃんの夢に現れるユーレイたちをやっつけるのが、正義の味方「銀ちゃん」の一番大事な任務なのだ。右や左から突然現れる、黒いユーレイや、むらさき色のユーレイたちを、

「ヤー!」
「トウウ!」

前の男の子から伝授されたプロレス技で、こてんぱんにやっつけていく。トコちゃんの眠りを妨げるやつは、どんな相手でも容赦しないぞ。

チュン、チュン。

しまった、ついうたた寝しちゃった。もう朝がきたのか。
「トコちゃん、起きなさい」
ねぐせ頭のトコちゃんが、ママの声でむっくり起きて洗面所に歩いていった。

「はー、今夜もずいぶん戦ったな」

疲れと安堵のまじったため息が、おいらの口からもれてしまう。でも大丈夫。それ以上のやりきった満足感が、おいらの心を満たしているから。

着替えをすませたトコちゃんが、今日はピンク色のスカートのポケットに、おいらをそっとしのばせた。

「さ、ひと眠りするか」

おいらもしばし休憩タイム、自分の夢の世界にしずんでいくのさ。




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