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かなしみ草。(1)

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ばあちゃんがしんだのは、今年の三月三日、ひなまつりの日だった。まえの日におかあさんともでんわではなしをしていたのに、ねむっているときにコトンとしんぞうがとまってしまったんだって。しんぞうがとまると、しんでしまうなんてしらなかった。

ぼくはおかあさんといっしょに、くろいふくをきて、おそうしきにもでた。ばあちゃんは、たくさんのしろいキクの花にかこまれて、目をとじていた。ちょっとよそいきの顔だったから、ばあちゃんじゃない人みたいにもみえた。ぼくはまだ、ばあちゃんがしんでしまったことを、半分しんじていない。ほんもののばあちゃんが、今もいなかで、はたけしごとをしているんじゃないかとおもうことがある。

今日はにちようびだ。天気もいいし、あったかい。ほんとうはこうえんにいって、かってもらったばかりの自転車にのるれんしゅうをしたいところだ。でも、おかあさんはつれていってくれないだろう。ばあちゃんがいなくなってから、元気がないんだ。やすみの日は一日中、だいどころでぼーっとしている。おとうさんは朝からしごとにでかけてしまった。

「ちょっと庭であそんでくるよ」

おかあさんに声をかけてから、ぼくはくつをはいて庭にでた。音をききつけたタマルが、犬小屋からでてきた。しっぽをふってちかづいてくる。
「タマル」
ぼくはあたまのてっぺんをなでてやった。
「ごねんな。今はまださんぽにつれていけないよ。ゆうがた、おとうさんがかえってきたら、つれてってやるからね」
タマルはだまってしっぽをふっている。ぼくのことばがわかったのかもしれない。

庭の花だんには、チューリップがさきはじめていた。そういえば、きょねんの秋にばあちゃんといっしょに球根をうえたんだっけ。チューリップはぼくが見ないあいだに、ちゃんと芽をだしていた。くねくねした大きなはっぱの上に、ピンク色のつぼみがふくらんでいる。ばあちゃんと話したことを、ぼくは思い出した。

「じゅん君、チューリップの花ことばってしってる?」
「花ことばってなあに?」
「お花にはね、それぞれに意味があるの。じゅん君の名前にだいじな意味がこめられているのと同じようにね」
「ふうん」
こまったぼくは、首がななめにかたむいた。じぶんの名前の意味なんてしらないんだけどな。ばあちゃんは、ぼくのこまり顔をみて、おかしそうにわらった。

「チューリップの花ことばはね、思いやりなの」
「思いやりって?」
「思いやりっていうのはねえ…」
ばあちゃんはそこで、しゃべるのをとめて、うーんと目をとじてかんがえこんだ。
「だれかにやさしくしてあげること。だれかのことをたいせつにおもうこと」
ばあちゃんはそういうと、自分でうんうんとうなづいた。

ばあちゃんの顔を思いうかべると、ぼくはきゅうにばあちゃんに会いたくなった。もう会えないのかな。ほんとに会えないのかな。ぼくは庭のすみにころがっていたスコップをとって、チューリップのちかくの土をほりはじめた。べつに意味はなかった。ただ、からだをうごかしたかったんだ。

ぼくがザックザックと土をほっていると、後ろからかすかな声がきこえてきた。
「じゅん君、じゅん君」
この声、きいたことがあるぞ。もしかして、ばあちゃん?ぼくが顔をあげてふりむくと、麦わらぼうしをかぶったばあちゃんが、もんぺをはいて、リヤカーをひいて立っていた。なにも音なんてしなかったのに。

「ばあちゃん、どうしたの?いつきたの?どうやって?」
ぼくがたずねると、ばあちゃんはしつもんにはこたえずに言った。
「今からばあちゃん、山に草をぬきにでかけるとこ。じゅん君もいっしょにいく?」
「ぼくもいっていいの?」
ばあちゃんがうなづいた。今日はとくべつにリヤカーにのせてくれるらしい、わあい。

片足ずつもち上げて、ぐらつかないようにちゅういしながら、ぼくはリヤカーにのりこんだ。もっと小さかったころ、よくそうやってのせてもらってた。いなかにあそびにいったとき、牛をかっている近所のいえまで、ぼくとばあちゃんの二人でよく牛を見に出かけていたんだ。

「それじゃあ、出発!」

ばあちゃんの大きなかけ声で、リヤカーは地面をはなれ、空にのぼっていった。

うわああ。リヤカーごと宙にうかぶってどんな感じがするか、わかる?ぼくもうまくせつめいできないや。おしりはちゃんとリヤカーのつめたい底にくっつけてるのに、体ぜんたいがぐらぐらするんだ。リヤカーがゆれるせいだね、きっと。ぼくが心配になってふりむくと、ばあちゃんはニコニコしながらこっちを見ている。だいじょうぶってことだ。ぼくはまた前をむいて、空中をななめにのぼっていくリヤカーの上から、庭にいるタマルを見下ろした。タマルは舌を出したまま、ぼくたちにしっぽをふっている。ぼくも手をふってやりたかったけどできなかった。リヤカーのふちから手をはなすのがこわかったんだ。

風があっちからもこっちからも吹いてくる。ぼくはふきとばされないように前かがみになった。こうすれば、顔に当たる風がすこしはましになる。そのうち、ぼくのいえも、近所のいえも、屋根しか見えなくなっていった。

なんか、おかしいぞ。リヤカーは山に近づいているけはいはなかった。ずんずん上にあがっていく。
「ばあちゃん、ほんとに山にいってるの?」
ぼくは大きな声できいてみた。でも風のせいで、ばあちゃんの耳にはぼくの声がとどかなかった。
「なあに、じゅん君?もうちょっとだから、もうちょっと」

ばあちゃんはうなづきながら「もうちょっと、もうちょっと」をくり返した。ぼくがこわがっているとかんちがいしたみたい。仕方ない。このままじっとすわっていよう。ぼくはふりむくのをやめて、前をみた。どこまでもあおい空がひろがっている。空ってどうやってできてるんだろう。どうしてこんなに青いんだろう。

町が小さくなり、川もほそくなり、線路の上をはしっている電車が、おもちゃみたいに小さくなった。ぼくたちはそのまま、まっ白い雲をつっきって、ずんずん進んでいった。

とうとう、どこかの山のてっぺんにやってきた。こんな雲の上にまで山があるなんてしらなかった。
「ここはどこ?」
「おさみし山よ」

ぼくはあたりを見わたした。草原が一面にひろがっている。なんて広いんだ。それに大きな岩がゴロゴロとあちこちにちらばっている。道もないし川もない、木もはえてない。こんなに広いところなのに、だれもいない。どうぶつも見あたらない。ぼくは耳をすませてみた。とりのなき声も聞こえない。びゅうびゅうと風がふいて、ススキみたいなとがった葉っぱがユッサユッサとゆれていた。

「さ、じゅん君。ぐん手をはめて草ぬきをはじめるよ」
ばあちゃんは、もんぺのポケットからぐん手をとり出して、ぼくにわたしてくれた。ちゃんと子ども用の手ぶくろも、よういしてくれていた。
「この草をぜーんぶ、ぬくの?」
「まさか、まさか。まずはかなしみ草をさがさないとね」
「かなしみ草ってほんとにあるの?」
「あるよ」
「それって、どんな草?」

「ほうっておくと根っこがどんどんのびて、ちょっとやそっとじゃぬけなくなるの」
ぼくは、土の中をズルズルとのびていく根っこをもつかなしみ草をそうぞうした。
「あまりに長くのびるとね、まわりの草花をからしてしまうんだよ」
ぼくは、きれいなお花をからしていく、どう猛なかなしみ草をそうぞうした。
「それにね、長くてよくうごく根っこは、土の中を走っているもぐらをつかまえて、しめ殺してしまうって話だよ」
ぼくは長くしなやかな根っこで、もぐらをしばりつけているかなしみ草をそうぞうした。

「なんてこわいやつなんだ。ばあちゃん、ぼくらでかなしみ草を退治しよう」

(つづく)







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