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#115居酒屋さんにて。(東京観光④)

「いそいで、待ち合わせの時間に間に合わないよ」

東京観光1日目、最後の目的地だった東京スカイツリーから降りてきたわたしたち三人(テル坊、ミドリー、わたし)は、今夜のお食事処へ向かって、電車を乗り継ぎました。

そこは上野駅からほど近い、焼き鳥などを食べられる居酒屋さんです。手頃な値段で料理も美味しそうだったので、ネット検索をしてわたしが予約を入れたのです。

店員さんは中国の方のようです。日本語を流暢に話す30代くらいの女性の他は、まだ20代だとおぼしき若いバイトの男の子たちが、せっせと働いています。日本語で注文を受けるのもまだ慣れていないようで、男の子がくると必ず女性も後ろからやってきて、中国語でああだこうだと注意をしています。男の子は頭をかきながら、ニヤニヤ笑って頷いています。

日本人同士だとお客さんの目の前で、注意をしたり注意を受けたりするのは気まずい空気が漂うことが多いのですが、なぜかわたしたちまでほっこりして笑ってしまうような、アットホームなお店でした。

息子のドラちゃんに会うのは3月以来です。社会人になって三ヶ月、いろんな試練に耐えながら頑張っているドラちゃん。もっとやつれて現れるかと思いきや、いつもの飄々とした登場でした。

「こんなところで会うのって、ちょっと不思議な気がする」(ドラちゃん)「確かに、そうかもねえ」(わたし)
友達や会社の人との飲み会が多いドラちゃんは、家族といっしょに飲み屋さんにいるシチュエーションに強い違和感を感じていたようです。

「仕事の方は、どうなの?」(わたし)
「まあ…。頑張ってますよ」(ドラちゃん)
お互いにそうとしか言いようのない会話です。まだ三ヶ月、されど三ヶ月。わたし自身、大学を卒業したての頃は、一年経っても社会人になった自覚はまだまだ乏しかったほうです。

「でも、あんまり疲れてなさそうね」(わたし)
「え?」(ドラちゃん)
正直な感想をつい口にしてしまうわたしに、ドラちゃんは驚きを隠せません。こんなに頑張って、こんなにクタクタで、週末はヘロヘロに眠っている自分に対してかける言葉がそれか?と思ったようなリアクションです。

でもわたしは、その時思ったのです。
(なかなか、いい顔してるんじゃない)
と。もちろんドラちゃんが急にハンサム君になったわけでも男前になったわけでもありません(妹のミドリー曰く「兄ちゃんは河童に似てるよね」という風貌の若者です)。

(これは『魔女の宅急便』に出てくるキキが、画家を目指している女の子に言われる台詞と似ているぞ)
後になってそう思いました。魔女の修行に出かけたキキは13歳になり、張り切って一人新しい街に出発します。ですが思いがけない試練の連続で、少しずつ自信をなくしていきます。当初は使えていた魔法の力まで弱ってしまい、心細さが募ります。そんな時、以前出会った女の子に再会し「あんた、前よりいい顔してるよ」と言われるのです。

キキが初めて自分自身と向き合い、人生と向き合い、「魔法使い」という生き方を自分なりに考え始めた時、悩みはとても大きく膨らみました。でもその苦しみの中から、誰でもない自分だけの答え、或いは答えに近いものを探る力が湧いてきます。

ただ楽しいことを笑い、元気に明るく振る舞うのではなく、自分が自分であることを問いながら、進んでいく方向を模索している。そんなキキの表情を、画家の友達は「いい顔してるよ」と表現したのでした。

(そう言えば、わたしも父さんに言われたことがあったな)

ミドリーを産んで間もない頃、二人の子どもの子育てに明け暮れていた時期。わたしが実家に送った家族写真をみて、
「あいつ(=わたし)もキレイになったなあ」
と、父がぽつりともらしたそうです。成人式に振袖を着た時にも、結婚式でウエディングドレスを着た時にも、キレイだなんて言ってもらったことはありませんでした。きっと父が言ったのは「いい顔してる」と同じニュアンスだったのでしょう。新米の母親として、キリっとした顔でカメラに向かっているわたしの表情から、目に見えない何かと闘っているのを感じたのでしょう(笑)。

ドラちゃんに、わたしの言ったことの意味が伝わるのは何時になることやら…。それも気長に待つことにしましょう。




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