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石ころが全てを肯定する“おとぎ話”:『道』(1954)

※注意 この文章を読む際はネタバレ等、核心部分への言及があります。個別に判断したうえで、読んでください


オート三輪が登場する“おとぎ話”

 この作品の象徴の一つに、旅芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)のオート三輪がある。公開された1954年当時から、大きく乖離した過去の物語ではないことがわかるのアイテムなのだが、なぜかこの『道』には、「むかしむかしあるところに」という“おとぎ話”のような雰囲気に満ちている。


 ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)は「口減らし」のために、母親から旅芸人のザンパノに売り飛ばされる。娘を粗暴な悪漢に売っておきながら悲嘆にくれる自家中毒的に映る母と、状況がの見込めないのか、もしくは見込めるほどの知恵がないのかどちらにも受け取れるジェルソミーナの表情の交差は、冒頭から混沌を予感させる。

 親から捨てられるという神話のような受難劇に、芸人――現代の「お笑い芸人」という意味ではなく、芸能を生業にするという意味で――という売春婦とならんで、世界でもいにしえの時代から存在する職業が結びつく。そうした物語の枠組みが、神話やおとぎ話の世界のような印象を醸し出しているのかもしれない。


芸人を愛したフェリーニ

 北野武は著書の中で『8 1/2』について論じた際、<フェリーニって単なるインテリじゃない。芸人のセンスが濃厚にあるよ>と評している。映画も芸人も「どちらも本業」のたけしからの言葉には重みがある。(余談だが、たけしは『監督・ばんざい!』の仮タイトルを、『Opus 19/31』という『8 1/2』を思わせる題にしていた)。


 フェリーニは『道』のほかにも、『寄席の脚光』や『フェリーニの道化師』といった作品で、サーカスや見世物小屋などの、猥雑でバイタリティに満ちた芸人たちにを、多大な愛情と敬意を持って表現していた。楽屋ではそわそわと自らの出番を待つ芸人たちが所狭しと密集し、そんな芸人たちが舞台に現れるのを心待ちにする観客たちという、芸人を巡る一連の営みに、フェリーニなりの愛情をもって映画に映していった。

 ここにもフェリーニ映画の「芸術」が難解に見える一因となっているような気がしている。「芸術」といっても、宮廷画家やルーブル美術館のような、優雅で格式高いものばかりが芸術ではない。岡本太郎やバンクシー、ジミー大西のような野性味に溢れ、雄々しさをまとった芸術も「格式高い芸術」と同じく芸術であり、フェリーニの映画芸術は間違いなく後者であろう。


 フェリーニと同じくイタリアの、実際に伯爵でもあったルキノ・ヴィスコンティは『ベニスに死す』では美少年にかどわかされる老作曲家を、『地獄に落ちた勇者ども』ではナチスドイツ第三帝国の隆盛と没落をめぐる、上流のエリートたちを耽美的に描いている。だがフェリーニは同じ「芸術映画」であっても、「エリート」とは全く正反対の人間の営みを表現しているのである。



イル・マットのユートピア

 家族からも見放され、ザンパノからもぞんざいな扱いを受けるジェルソミーナは、イル・マットと呼ばれる綱渡りを得意とする大道芸人に出会う。「狂人」を意味する言葉で呼ばれるこの男にジェルソミーナは「小石にさえ、この世に存在する意味がある」と慰められる。


 映画を含めたあらゆる表現は、我々人間が現在進行形で所属しているこの世界を誇張したり、切り取ることで成立している。

 性善説・性悪説での二つで分けてしまうのはいささか乱暴ではあるが、「性善説」による「この世界は素晴らしい」というユートピア的発想は説教くさく、ことに芸術でははばかられることもしばしばである。

 だがフェリーニは混沌を描きながらも、「芸人」という営みをする唯一の動物である人間を見捨てなかった。最終的にはイル・マットはザンパノに殺され、ジェルソミーナも精神を病み、ザンパノは己の孤独を思い知る三者三様の悲劇が待ち受けているが、俯瞰で物語を見ることが出来る我々観客は、イル・マットの言葉による性善説のもと、この“おとぎ話”が肯定されることを知ることができる。

 『道』は公開後、夫のいいところを探そうとする女性や、小石の話に感銘を受けた子供からのファンレターが殺到したという。登場人物には悲劇ばかりを受けさせた映画にも関わらず、観客には正反対の感情を与えたのだ。



引用:
ビートたけし「仁義なき映画論」 文藝春秋1996年 P129
参考文献:
ジョン・バグスター 椋田直子=訳「フェリーニ」 平凡社1996年

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