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おしることカラオケ

正月三が日には、家族揃って二軒のお宅に、年始のご挨拶に伺うというのが、私が10歳頃まで恒例だった。どちらの家の主も、祖父の弟。父の叔父、私の大叔父にあたる。

我が家から1時間弱の同じような距離にあるお宅だったが、二軒の雰囲気はとても対照的だった。

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「N町のおじさん」は、クリーニング屋を営んでいて、家は店舗兼工場兼住宅の古く小さな家だった。平屋だったような気もするが定かでない。私の祖父は長身だったが、弟であるこのおじさんも、鴨居を常に頭をかがめて通るほど背が高く厳つい人だったので、余計に家が小さく感じた。

三が日はお店は休みで、店舗も工場も閉めていたが一度だけ工場を見せて貰ったことがある。土間に大きな銀色の機械がどんと置かれていて、こんな大きな機械を動かすのはおじさんしかできないだろうと思った。近所に有名な相撲部屋があったので、一時期そこのクリーニングを引き受けていたと言う話も後に聞いた。

おばさんは小柄でいつもニコニコした優しい女性だったが、その背格好に似つかわしくないほど声が大きかった。お店のおかみさんだったからかもしれない。

父の従兄弟にあたるこの家の息子は、父よりだいぶ年下で、まだ二十歳そこそこの青年だった。髭を生やした優男で、普段周囲で見かけるサラリーマン家庭のお父さんや学校の男の先生と全然違う。歌手か俳優みたいだと思った。何度目かのお正月のときには、眼鏡をかけたきれいなお嫁さんと産まれたばかりの男の赤ちゃんに会えた。この赤ちゃんが自分と血の繋がった再従兄弟なんだと思ったらすごく可愛かった。

小さな和室に、きっと来客だからと炬燵を2つ並べた周りにぎゅうぎゅうで座り、おせちを頂いたりしたが、私がこの家でいつも一番楽しみにしていたのはお汁粉だった。

おばさんに、お汁粉食べたいと言うと、部屋にある石油ストーブの上の薬缶をどけて、かわりに網を置いて四角い切り餅を焼いてくれる。それ以外は多分、何も特別なこともない、ありきたりなお汁粉だったと思うのだけれど、私は、未だにここで食べたより美味しいと思うお汁粉に出会えていない。

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「S町のおじさん」のお宅は、高級住宅地の洒落た二階屋で、訪問するといつもどっしりした黒いソファーのある居間に迎え入れられた。おじさんは恰幅が良く切れ者の雰囲気があり、良さげな調度品が並ぶこの家に、いかにも似合う人だった。叔父嫁はおじさんとは反対の痩せぎすな女性で、目端が利きくが故に人にもあれこれ言う、少し性格のキツイ女性だった。

私の母は娘たちのお行儀にはとても厳しかったので、私たち姉妹はこのおばさんに気に入られていた。おばさんの一人娘はバリバリのキャリアウーマンになり既に独立していたから、毎正月にやってくる小綺麗でお行儀のいい姪孫たちに、洋服を買いおくなど、結構楽しみにしていてくれたようだ。

居間と廊下をはさんで向かいの和室に、一人のお婆ちゃんがいた。おばさんのお母さんなので、私とは血の繋がりは無い。おばさんは「年寄りの部屋なんて臭いから居間に来てカラオケでも唄って頂戴な」なんてキツイことを言うが、私はこのお婆ちゃんが結構好きで部屋によく入り込んでいた。

お部屋には炬燵とテレビがあって、お婆ちゃんは茶色い純露の飴を分けてくれながら「あなたは岩崎良美さんに似てるわねえ。」と言っていた。私は、岩崎宏美さんのほうがエキゾチックでクールな美人だと思っていたし、ついさっき、居間のカラオケで『聖母たちのララバイ』を唄ったばかりなんだから、お姉さんに似てればよかったなあと、当時はちょっと微妙な気持ちだった。

この家の主人はカラオケが好きだったようで、食事を頂いた後は、居間のカラオケ機械に次から次へとテープを入れて気分良く唄を披露していた。私の両親は歌が下手なので、正直気の毒だった。母は頑なに歌わない。音痴というより絶望的にリズム感がなく童謡以外は無理だったのだ。父はつきあいで頑張るが、如何せん声量がなく音域が狭すぎる。父の『ルビーの指環』なんて悲惨だった。

そうなると、私たち姉妹の出番だ。ふたりで『待つわ』だの『めだかの兄妹』だのを披露した。そして交代で、カセットにある『まちぶせ』や『瀬戸の花嫁』『氷雨』といった昭和歌謡を唄っていた。上手いかどうかはともかく、小さな娘たちがオジサンにつきあって唄うんだから可愛かったんじゃないだろうか。

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私たち姉妹は年始参りで一緒に遊ぶ子供は居なかったけれど、こんなふうにいつも親戚の大人たちに可愛がってもらっていた。

N町のおじさんもおばさんも、髭の息子もそのお嫁さんも、S町のおじさんもおばさんも、おばあちゃんも、みんな遠くに旅立ってしまった。それでも、子供の頃、年に1回、お正月三が日に会う程度だったのに、これほど沢山思い出が残っている。

”会う”ことが叶わない、いつもと違うお正月は、やはり寂しい。


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