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みーとミーちゃん

「ね、ミーちゃん、聞いて。わたし、ねこと暮らしてるんだ。今うちにいるのは茶色い子と、ミーちゃんみたいな白黒の子。どっちも女の子だよ。」
「うそ、あんた、ねこ嫌いだったんじゃないの?」
「うん。」
「――どっちよ?」

「嫌いなんだ、と思ってたんだけどね、ちょっと違った。どういうものかわからないから怖かっただけ。今は、ねこが、どういうものかわからなくないから、怖くない。好きだよ」
「へえ。そりゃあ良かった。田舎であたしに、引っかかれた〜って泣いてたから、嫌いになったかと思ってた。覚えてる?」
「・・・覚えてる」
「かなり小さかった気がするけど?」
「うん。4歳かな、5歳かな。――あのね、わたし、あの日のこと、ミーちゃんにずっと謝りたかったんだ」
「あら、そうなの? 考えてみたら、あのあと、一度も会えなかったのよね」
「ミーちゃん、もう一度わたしが田舎に行く前に、死んじゃうんだもん」
「仕方ないわよ。あたし、結構いい歳だったの」

「ミーちゃん、あの日、あんまし機嫌よくなかった?」
「そうかもね。いつもみたいにお散歩からお家にかえってきて、さあゆっくりしようとしたら、あんたと、もうひとり、ちんちくりんな女の子がおじいちゃんのおひざ占領してんだもの」
「おじいちゃん、たまにしか会えない孫娘たちにメロメロだったんだよ」
「だから、お台所でおばあちゃんにご飯もらって、ゴロゴロしてたの。そういやあ、お客さんの日だったから、ご飯はなかなか良かったわよ」
「お正月だったのかなあ」

「あんたたち、いつもあたしにあんまり寄ってこないけど、お台所ならなおさら来ないだろうし、ここなら安心かなと思って」
「わたし、本物のねこって、ミーちゃんしか見たことなかったから、仲良くしたかったんだけど、どうしていいかわかんなかったんだよ」
「本物のねこって、おかしな言い方!でも、そうね、あたしも田舎のねこだから、本物のにんげんのちびっこって、あんたたちしか見たことなかったわ。だから、触らぬ神に祟りなしって言うの? 出来るだけ顔合わせないようにしてたのよ」
「えーー」
「だって、よくわからないものって怖いじゃない」
「うん、そうだね」
「それなのに、あんたあの日に限ってお台所にノコノコやってきて、あたしの顔の前で紙切れ持ってヒラヒラさせるんだもの」
「そりゃあ、ペシッってやるよね」
「あたし、ねこだからね」

「ミーちゃんの、ペシッ、は紙切れちょっぴり破っちゃっただけなんだよね」
「そ。ツメもしまったまんまの軽いねこパンチよ。お遊びよ。けど、あんた、泣き出すんだもの」
「びっくりしちゃったんだよ」
「あたしのがびっくりしたわよ」

「ねこはツメでひっかくもんだーって。『ねこふんじゃった』の唄でも、すぐひっかいてるし・・・」
「あの歌詞はちょっと、ねことしては異議ありよ」
「ねこがツメを出さないパンチできるとか知らなくて、まあ、ひどい思い込みだよね」
「あたし、ちょっと遊んだつもりだったのに。『ひっかかれたー』って泣かれて、挙げ句に怒られて。結構、凹んだのよ」
「わたし、やな子だった。ごめんね、ミーちゃん」
「ま、あたしも、慣れてなかったからね」

「あの時、おじいちゃんと、おじさんとおばさんは『ひっかいたらダメでしょ!』ってミーちゃんを怒ったけど、おばあちゃんは怒らなかったよね」
「そうね」
「おばあちゃん、見てなかったけど、わたしがウソ言ってるのわかってた」
「わかってたわね。どこにもひっかき傷なんか無かったし。そもそも、あんたビビリで、あたしみたいな年寄りの大人しいねこに、怒りのツメ出しパンチをさせるほどのやんちゃなんか、できなかったでしょ」
「う。ごもっともです」
「みんなも薄々わかってたでしょうけど。でも、たまーにしか来ない5歳の女の子が、めそめそ泣いてたら、ウソかホントかはともかく、ねこより女の子のご機嫌をとるのよ。大抵の大人はね。」

◇◇

「だけど、おばあちゃんだけが『ミーは、ひっかきゃしないわ』って言ってた。あ、それホントのこと言っちゃうんだ、って驚いたよ」
「ふふふ」
「でもさ、びっくりして涙がでちゃって。けど、それで泣いたとか赤ちゃんみたいで恥ずかしいじゃない。ただでさえ、泣き虫っていつも言われてて。だから『ミーちゃんにひっかかれたー(気がする)』ってつい口走ったら、引っ込みがつかなかったんだよ!慰めてくれればいいじゃん、おばあちゃん厳しいな。ってあの時はね、思った」

「あたしがほんとにあんたをひっかいてたら、そりゃあ怒られたと思うわよ。けど、おばあちゃん、そんたく、とか、おべっか、っての出来ない人だったの。子供相手でもね」
「――うん」
「あと、あたしのことも大事だったのよ」
「あ、それ、今ならすごくわかる、もし、うちのねこたちがお客さんに邪険にされたらムカつくと思うし」

「田舎のお庭でおままごとしてた時にね、お皿に泥をごそっと盛っただけの、自称ケーキを、おばあちゃんに、どうぞって見せたんだよ。そしたらおばあちゃん、なんて言ったかわかる?」
「さあ」
「『そんな不味そうなの食いたくねえだ』だって、幼稚園児に!」
「なかなか厳しいわねえ」

「でもね、言われてみれば、こんな泥盛っただけのなんて、われながら手抜きで、たしかにちっとも美味しそうじゃないし、それはそうだと」
「あら、単純だこと」
「だからね、これはやり直しだと気合い入れた。ちゃんとカップでかたどったのを泥っぽく見えないように白い砂をザルでふるって、山で拾ってきた柚子でしょ、あと、南天の赤い実とか、リュウノヒゲっていうの?あの青い実とか、柊のトゲトゲの葉っぱで一生懸命デコレーションしたの。そんで、もっかいどうぞって見せたんだよ」
「おばあちゃん、今度はなんて?」
「『こりゃ、綺麗に、よく出来ただ』って言ってくれた」

「あたし、縁側でひなたぼっこして見てたわ。おばあちゃん、お洗濯物とりこみながら、ニコニコしてたわね」
「ほめてもらえて、わたし、嬉しかったんだよ」
「おばあちゃん、ウソは言わなかったわよ、いつも」

「もしも、ね、おばあちゃんも口を揃えて、ミーちゃんは子供をひっかく悪い子!って言ってたら、わたしの記憶もそういうふうに置き換わってたかもしれないって思わない?」
「にんげんの記憶って、都合のいいふうに置きかわることもあるっていうから、ありえたかもね」
「そしたら、わたしずっと、ねこはひっかくし怖いものって思い込んだままだったかな。自分のウソをホントにして、それを信じちゃて、そのうち本当にねこを嫌いになってたかもしれない。ねこのことよく知りもしないのに、知ったふりして」
「そうなってたら、今も、ねこと仲良くなれなかった?」
「うん。あの時、おばあちゃんが、ホントを言ってくれたから。自分がついたウソを忘れられなくって、だから、良かったんだよ」

「ところで、あんたんちのねこ、なんていう名前なの?」
「茶色の子が、クルミで、白黒の子がコロネ」
「ふーん。今風の洒落た名前じゃない。」
「そりゃあ、ミーちゃんに比べたら・・・」
「あらら、本気ねこパンチお見舞いするわよ?」
「あはは、うちのこたちかわいいよ」
「はいはい。あ、思い出した!あんたパパとママから、みーって呼ばれてたわよね。あんたが来るとおばあちゃんたちもみーちゃんとかみーこちゃんとか呼んでたから、もう、ややこっしいったら、ありゃしなかったのよ」
「そうでした」
「でも、同じだったのね」
「おんなじだったんだよ、ミーちゃん。――わたし、ねこ大好きだよ。ミーちゃんとおばあちゃんの、おかげだよ」


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