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60年前、父だって少年だった。

祖母は、眼鏡をかけて、家ではいつも着物に割烹着姿。畑仕事に行くときはほっかむりしてもんぺを履いて、地下足袋に背負子。日本昔ばなしに出てくる「日本のおばあちゃん」のイメージそのものだ。ただ、おばあちゃんという呼称から想像するような、柔和な空気はあまりなく、への字口で、怒ってるような顔をした、そっけない人だった。

こんな、クールな母親から、どうやってあんなに温厚な伯父さんと明るくて面倒見の良い叔母さんが生まれたんだろう?と不思議に思いつつ、几帳面でぱっと見何を考えてるかわからない私の父が、一番、祖母に似ているんだなと納得した。

父が生まれ育った家は、山の中腹にある、古くだだっ広い日本家屋だ。最寄り駅からはかなりあるので、大抵祖父が軽トラックで迎えにきてくれた。公道から、集落に入り、未舗装のくねくね道を軽トラックの荷台に乗って登るのは、スリル満点で、まれに迎えが伯父さんのセダンだと少しがっかりした。

家は林業を営んでいて、祖父の製材所はいつも木のいい匂いがしていたし、木端を好きなだけ使って遊べるので、飽きずに妹と入り浸った。家の居間には大人の胴体くらいありそうな太い大黒柱があり、妹と一緒にそれにへばりついて「さるも木からおちる」「ぶたもおだてりゃ木にのぼる」とかしょうもないことを言っても普段大人しか居ない家では、可愛いと笑ってもらえるのも良かった。

私と妹が小さい頃、この家に従姉妹たちが生まれる前まではまだ、足踏みミシンや農機具など古いものが沢山残っていた。お風呂は薪で沸かしていたし、掘りごたつは練炭を入れてあためていた。おトイレは汲取式で穴ぼこがとても恐ろしく、そこはできるだけ見ないようにしていた。

戦後祖父の代になって、祖父と大工さんで後から載せたという2階に上がる階段の勾配はものすごく急で、怖がりな私は後ろ向きにならないと降りられなかった。でも、2階は、眺めがよく山の向こうまで見渡せるのでとてもいい。お天気のときは屋根の上に、私達が寝るためのお布団を干してあった。

不便な場所の広く古い家は、いつ行ってもどこもかしこも清潔に整えられ騒々しいところが一つもなかった。それは、几帳面に黙々と働く祖母の差配の賜物だったのだなあと思う。私は、このお家のちょっと怖いくらいの静けさをとても好もしく感じていた。


田舎の献立は、根菜の煮物や山菜、しいたけ、こんにゃくなど。今なら大喜びで食べるけれど、小さい子供にはなかなか渋くて厳しい。

祖母は、私が初孫で慣れていなかったということを差し引いても、子供だけのために、わざわざカレーやハンバーグやスパゲッティを作ってくれるような甘い人では無かった。でも、そのかわり私達が行くときは、必ず納屋でお蕎麦を打ってくれる。

几帳面な祖母のお蕎麦は、お店のお蕎麦みたいに綺麗に均等なのだが、はしっこだけ必ず太いところができる。私は、このはしっこは絶対自分にちょうだいと、裏の炊事場の竈でお蕎麦を茹でている祖母にお願いしていた。

祖母は「茹でたらみんないっしょになっちまうからそりゃ無理だんべ」というけれど、食べるときに見つけてくれ「みー(私のこと)は、はしっこすきだから」といって取り分けてくれる。

お蕎麦と一緒に食卓に出てくるのが、焼きおにぎりだ。

祖母はきっちり三角形に握ったおにぎりに、ハケでお醤油を塗ると、居間のトースターに入れて焼く。白いお米がまんべんなく茶色いいい色になるまで焼いては塗って、焼いては塗ってを何回も繰り返す。

トースターのタイマーがチーンとなるたびに、お醤油の香ばしい匂いが増す焼きおにぎりは、お蕎麦でとっくにお腹がいっぱいになっていても、別腹で食べられてしまうのだ。

父は、この焼きおにぎりがとても好きだった。

「おばあちゃんの焼きおにぎりは何度もお醤油を塗るから美味しいんだよ」と、家でも言っていた。そんなときの父の顔は子供みたいだったと思う。

きっと、祖母の焼きおにぎりは、息子である父のために作っていたものなのだろう。お正月と夏休みに、生まれ育った田舎にかえってくる、きかん坊でちょっと手のかかる次男の好きな焼きおにぎり。

私達も美味しくいただいていたけれど、祖母は、父が喜んで食べていることが一番うれしかったに違いない。もちろんクールだからそんなことおくびにもださなかったけど。

焼きおにぎりを食べるたびに、クールな祖母と少年に戻る父の笑顔を思い出す。そういえば、祖母の眼鏡の奥のタレ目は父とそっくりだったな。


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ハスつかさんの「ゆるコンテスト」#おむすびの輪

投稿数上限が設けられていないことをよいことに、最終日駆け込みでもう一つ投稿いたします。すみません・・。

だって、おむすびは、思っていたよりずっと自分に結びついていて、記憶をほどいたら次から次へと書きたいことが浮かんできてしまったんです。

ハスつかさん、ほんとうに素敵な企画をありがとうございます。


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