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【短編小説/ホラー】ランチ

「そこのお嬢ちゃん」
 おそらく自分にかけられた声にそちらを向くと、派手な紫の服を着た人が、目を細めて笑いながら手招きをしていた。

 怪しい、とっても怪しい。
 声からすると、多分おばさんだろう。多分というのは、殆ど顔が見えないからだ。ローブのようなものをすっぽりと頭から被り、口元もヴェールで隠している。手元に水晶玉を置いているので、きっと占い師だろう。

 学校帰り、制服姿の女子高生に商売をしようとするなんて、どういうつもりなんだろう。学生なんだからお金を持っていない事もわかってるだろうに。

「あんた、死相が出ているね」
「え? しそう??」
「このままじゃ、周りのものが死ぬよ」

 ロクでもない事を言われて、カーッと頭に血が上った。ただでさえ、最近良くない事ばかり起きているのに、本当に冗談じゃない。

「何よそれ、失礼ね!」
 湧き上がってきた言葉をそのまま占い師に投げつけると、足を早めてそこから立ち去った。
 別に占ってほしいと願ったわけじゃあないのに、なんであんな事を言われなきゃならないんだろう。
 普段は通らないのに、こんな裏道を通ったから変な人に絡まれるんだ。ついてない。

 今日だけじゃない。ここ数日、本当についていない。
 お気に入りだった『もふもふハムちゅー』のストラップは失くしてしまうし、車にはひかれそうになるし、懐いていたはずの隣の家の犬には吠えられるし、蒸し暑さのせいか体調もいまいちだ。
 ムカムカする気持ちをこらえながら、早足で家に向かった。

 * * *
 2

 次の日も放課後の活動は無し、授業も短縮で早めに帰宅する事になった。2日前から行方不明になっている子供が、未だに見つからないらしい。
 事故か事件かもわからない。寄り道はせずに明るいうちに帰宅するようにと、教師は言った。


 帰り道、美味しそうな匂いが漂ってきて、ぐぅとお腹がなった。
 こんな所に焼き肉屋なんてあったんだ。知らなかった。まだ時間が早いせいか、ランチの看板が出ている。肉の種類はおまかせで、その分安く食べられるらしい。
 いいなあ、お肉食べたい。
 お昼にお弁当を食べたばかりなのに、肉の脂の匂いでお腹が騒ぎ出す。いいや、今はさっさと家に帰らないと。

 家に着くと、さっきのお腹の虫の声が嘘のように消えていた。やっぱりまだ体調がいまいちらしい。
 夕飯は申し訳程度に刺身にだけ口を付けて食卓から離れた。

 * * *
 3

 今日も例の子供は見つかっていないらしい。
 それどころか、飼い犬や飼い猫があちこちで行方知れずになっているそうで、同じ犯人じゃないか、異常者の仕業じゃないかと、大きな声で皆が騒ぎ立てている。

 そんな噂話にクラスメイトが盛り上がるのを余所よそに、何気なく窓の外を眺めていた。グラウンドでは他のクラスが体育の授業の準備をしている。
 眩しい陽の光が目に入って、咄嗟とっさに目を細めた。

 うん?
 その生徒たちの頭の上に何かが見えた。
 もう一度、目を細めて見てみると、どうやらそれぞれに違う数字が浮かんでいる。

 なんだろう、あれは?

 殆どの数字が5桁以上ある中で、一人だけシンプルに『0』とだけあるのに気が付いた。その女子生徒から目を離せずに、なんとなく目で追いかける。

 彼女がサッカーのゴールポストの前に差し掛かった時、それがグラリと不穏《ふおん》に揺れた。

 倒れるゴールポスト。
 大きな物音。
 悲鳴、悲鳴、悲鳴――

 物音と叫び声に気付いたクラスメイトが、次々と窓に駆け寄り、またそこからも悲鳴があがった。

 * * *

 救急車と警察が来て、その日の授業は無くなった。
 今日も真っすぐに家に帰るようにと言われ、学校を追い出される。でも私はそうはしなかった。

 あの時見えた頭の上の数字。あれが何を意味するのかを知りたかった。あの事故と数字に関係があるように思えた。
 町中まちなかを歩きながら目を細める。やっぱり、道を行き交う人たちの頭の上にも数字が見える。
 おおよそだけれど、子供や若者の上の数字は大きく、年寄りの上の数字は少ない。

 予想が当たっていれば、あの数字はその人の死ぬまでの日数なんだろう。


「こんなところでどうしたんだ」
 自分の名を呼ばれて振り返ると、同じクラスの鈴木君が立っている。挨拶代わりに、目を細めながら愛想笑いをして見せた。

「まだ帰ってなかったのか」
「鈴木君も同じでしょ」
 彼は返事をせずに苦笑いをした。

 その手に持つ小さなボール箱から、少し変な匂いがするのに気が付いた。
「どうしたの? それ」
 覗き込むようにする私を、彼の手が制する。

「見ない方がいいよ」
 新聞紙が掛けられていて中身は見えないが、子猫の死骸が入っているそうだ。

「この先の空き地に捨てられててさ。こっそり餌をやってたんだけど、昨日は行けなくて。今日見に行ったら死んでたんだ。野良犬か何かにやられたみたいだ」
 どこかに埋めてやろうと思ってさと、彼は言った。

「でも鈴木君も早く帰った方がいいよ」
「ああ、お前も早く帰れよ」

 そう言って、鈴木君は手を振って歩き出す。
 もう一度目を細めると、彼の頭の上にある数字はやっぱり『0』と読めた。

 * * *
 4

 次の日、鈴木君は学校に来なかった。

 普段から真面目な生徒だったから、わざわざ騒ぎ立てるような人もいなかった。きっと体調が悪くて休んだんだろうと、教師もそう言った。

 でも、多分違う。
 きっと私だけがその事を知っている。


 気怠けだるい気分で授業を終え、相変わらず真っすぐに帰れと急かされて帰路につく。
 今日もなんだか気分がいまいちだ。蒸し暑さのせいだろうか。

 帰り道にある焼き肉屋から、昼食を食べて出てきた客とすれ違った。
 なんの肉だかわからなかったけれど美味かったなとか、そんな話をしている。

 いいなあ、お肉食べたい。

 目を細めて見ると、やっぱりその客の頭の上にも数字があった。それにしても、なんでこんな数字が見えるんだろう。

 そう言えば…… これが見えるようになったのは、あの占い師に変な事を言われてからだ。あの時何かされたに違いない。
 踵《きびす》を返して占い師と会った場所へ向かった。

 その途中、鈴木君と会った場所を通り過ぎた。
 そういえば、あの時鈴木君が話していた空き地も、あの占い師が居た場所のすぐ近くだ。もしかしたら、あの子猫の事も、鈴木君の事も、あのおばさんが知っているのかもしれない。

 * * *
 5

 朝起きて、あくびをしながら洗面所に向かう。

 いつものように顔を洗って、顔を上げたタイミングで、また大きなあくびが出た。
 細めた目から見える鏡に映った私。その上に鏡文字で読める数字。

 -5

 ……あれ?

 もう一度、目を細めて見なおしてみても、その数字は『-5』のまま変わらない。

 この数字は死ぬまでの日数だと思ったのに……
 じゃあ、この私の数字は5日前に『0』になっていたって事だろうか。
 だとしたら、マイナスの付くこの数字は一体……?

 居間にあるテレビから流れるニュースの音が、ただただ耳に流れ込んでくる。
 例の子供の遺体が見つかったのだと、惨《むご》い事に遺体は激しく損傷しているのだと、そしてそのそばにキャラクターのついたストラップが落ちていたと、ニュースキャスターが話している。

 そういえば……
 5日前に、車にひかれそうになって…… その時に私は転んだだけで済んだんだっけ?
 私のお気に入りのストラップを、いつ失くしたんだっけ?
 あの占い師に会った時に、なんで私はあそこに居たんだっけ?
 鈴木君の後を付いて行って、その後はどうしたんだっけ?
 昨日占い師に会って、それから……?

 ……そのあたりの記憶があやふやだ。

 そして、やっぱり今日も体調がいまいちで、すっきりしない。

 ああ、でも、肉が、食べたい。

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