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最高の失恋

※この記事は漫画『うみべの女の子』(浅野いにお)のネタバレを多少含みますが、知らない人でも楽しんでいただけるように書いたつもりです。

突然だが、私が大好きな漫画の一つに、浅野いにおの『うみべの女の子』という作品がある。
簡単に言うと、中学生の男女が体だけの関係になると言う、かなり性描写も多く読む人を選ぶ作品なのだが、そういうのを抜きに、あの漫画の世界観とか空気の匂いとかそういうものにはとても惹き込まれる。

理由の一つに、主人公・小梅のいわばセフレになる男の子・磯部が、私自身の一番忘れられないかつての恋人に似ているからというものがある。物語の感想に私事を挟むのは野暮なことだとは分かっているが、どうか語らせてほしい。
冴えなくてクラスでも目立たないのに、どこか奥に大きな闇とか秘密を抱えていて、それが滲み出て隠し切れていない。どうやらそんな人が私の好みの異性であるようだ。
そうじゃないタイプの人とも幾度か恋人同士になったが、そういう人を好きなった理由はおそらく、見た目や大まかな性格が私の好みで、なおかつ私のことを愛してくれているからといったところだ。もちろん楽しかったし真剣にお付き合いをしていたが、別れた時は「そんなもんか」という感情で終わってしまったし、思い返すこともほとんど無くなってしまった。
でも、彼だけは、何年経っても思い出してしまう。私は彼のことを、私を満たしてくれる異性というだけではなくて、人間として心から愛していたのだと思う。彼の全てを知りたいと思っていた。
彼と険悪な雰囲気になった時や、別れる前後は、今思い返しても最高に苦しいし切ない。私に本当にたくさんの感情を教えてくれた。私の青春だった。
そんな感情を思い起こさせてくれる、最高の「失恋」をさせてくれるのがこの『うみべの女の子』という作品だ。

最初こそ、主人公小梅は、自分に昔告白をしてきた磯部と、日々の当て付けかのように関係を持ち始める。その時は磯部のほうがキスをせがんだり言うことを聞いたりなど、まだ彼女にそういう心を抱いていたのであろうが、小梅にはそういう感情は一切ないようだった。磯部もひねくれていたから、そういう感情を抱きながらも2人は完全に割り切った関係であるように見えた。
ただそういう関係を続けて行く中で、磯部の暗い部分だとか、周りの人間の無情さだとか、そういうものに小梅は触れていき、気づかないうちに磯部に恋をしてしまう。
けれど磯部は、小梅とそういう関係を続けていく中で、小梅の自分勝手な部分にたくさん触れることで、恋心は冷めていってしまう。けれど、小梅が自分勝手なのではなく、「普通の15歳の少女」すぎるだけなのだ。深い闇と過去を抱えてひねくれて生きてきた彼にとっては、それが非常に心苦しかったのだろう。
磯部は、うみべでたまたま拾ったSDカードに入っていた写真の女の子と偶然出会ってしまい、その人を追いかけるために小梅とは遠い高校を目指すと小梅に伝える。
その時、小梅は初めて恋心を磯部に伝え、せめてもとキスをせがむが、断られてしまう。結局2人は、最初から最後まで1度もキスをすることなく離れてしまう。

私が今まで読んだ漫画における失恋のシーンで、こんなに苦しくなるものは初めてだった。磯部があそこまで写真の中の女の子に執着する理由はなんなのだろうか。そういう、自分だけが全てを理解できるようで、結局なにも理解させてくれない人物に人は惹かれるのだと思うし、もっと信念まで知りたいと思ってしまう。底無しの沼にはまってしまうのだ。そういう所が彼とも重なる。

普通すぎる女と、普通ではいられなかった男。そんな2人の顛末を、つい自分自身と重ねて見てしまっていた。男女に限らず、結構多くの人が一度はそんな恋をしているのではないかと思う。願ってもあの人の内側に私が届くことはない。分かっているのに抜け出すことができない。そんな気持ちを思い起こさせてくれる漫画である。

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