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計画通り(顔自動販売機・毎週ショートショートnote)
顔の自動販売機で、自分好みの顔が簡単に取り付けられる様子になった今、世の中は同じような顔で溢れている。
目玉が飛び出しそうな程切り開かれた大きな目。その瞳はその開かれた面積を埋めるほどに大きい。黒目がちを超えている。
細く高い稜線の鼻筋に、つんと尖った鼻尖や鼻翼。
ハンバーガーにもかぶりつけない小さな顎と、感情とは関係なく引き上がった口角。
そんな顔しか存在しない。大きな目、高い鼻、小さ
エール(心お弁当・毎週ショートショートnote)
「心お弁当」
そう言って毎朝、私にお弁当を手渡してくれるのは母。
「心お茶入れたよ」
そう言って毎朝、私の分の緑茶を淹れてくれるのは父。
「心今日は寒いって」
そう言って毎朝、私に天気予報を教えてくれるのは兄。
「心おはよう」
多分そう言って毎朝、私の足にじゃれてくるのは犬。
それが毎朝のきまり。私の毎日の始まり。家族と始まる、私の朝。
はずだった。
今日からはそれががらりと変わって
小島さん(伝説の安心感・毎週ショートショートnote)
この春から研修医として働き始めた僕は、不幸にも最初のローテーションで救急科に配属された。
役立たずという言葉が身に染みる毎日。悔しくて泣く事も出来ない位、なにも成せない。
それでも夜勤は来る。勤務者が減る分、一人にかかる業務と責任が増える。不安と重圧に押し潰されそうだ。
そんな僕の心情を察して、ベテランの救命医が声をかけてくれた。
「大丈夫だよ。今日は忙しくならない。なんてったってスタッフ
ワレワレハ(グリム童話ATM・毎週ショートショートnote)
不思議な機械を置く店がある。
真っ暗で、小さな店の壁の隅に置かれた機械にだけ、弱々しいスポットライト。機械に会員カードを置くと、世界が変わる。店内がグリム童話の一場面に変化する。異世界に引き込まれる。そこで童話の一場面を体験できるのだ。
難点は、好きな話を選べないことだ。ガラスケースに眠る、透き通る美しさの白雪姫を見られる事もあれば、湧き出たお粥まみれになった事もある。ラプンツェルの枝毛を切
メガネの弟(メガネ冠婚葬祭・毎週ショートショートnote)
姉の中の俺は、もう既に十回は死に、十五回は結婚した。それにまつわる危篤やお通夜、告別式は三十回以上を超え、結婚相手との家族顔合わせ、結婚式はもう五十回近いのではないか。
「まだ相手すらいないのに……。何度結婚して、何度死ねばいいんだ」
『その日は弟の結婚式だから』と、どこかの誰かとの約束を断って、姉は電話を切った。
「縁起のいい方の回数を多くしてやってんだから、感謝しなさいよ」
細かな作業は何
赤いキャップの彼(はじめて買ったCD)
唐突ですが、わたしには小学生の息子がいます。
アホ全開の息子。
だけど当然、年を重ねるたびに
心も身体も大きくなっている。
わたしも気を引き締めなくては。
最近そう思うことがしばしばある。
なぜならば、
わたしの趣味や好みが芽吹き始めたのは
小学校の中学年くらいだから。
わたしが小学三、四年生の頃、
その人は突然わたしの前に現れた。
軽快な音楽にのせて手を叩き、
赤いキャップを被り、赤い服と短パ
オノマトペピアノ (オノマトペピアノ ・ 毎週ショートショートnote)
先生に叩かれた手の甲が痛む。溢れた涙も拭かせて貰えず、冷たく『もう一回』そう言われる。
この教室に通い始めてから、ピアノが楽しくない。前の教室の先生は、にこにこして、私のピアノを聞いてくれたのに。
睨め付ける視線には逆らえず、私は鍵盤に手を乗せる。水が跳ねるみたいな楽しい曲。けれど練習をするほど怒られて、苦しいだけの曲。
バンと大きな音がして、ドアが開いた。母だ。
「もうここに通うのは辞め
海の中の孤独( 星屑ドライブ・毎週ショートショートnote)
わたしの隣を流れるものは、赤色に発光している。
「ああ、もうあなたに追いつけない。あの青く光る場所に、一緒に辿り着きたかったのに」
確かに振り返らなければ、もうその姿が見えない。
「あなたが一番最初に光った色が、とても綺麗だったから、あそこに着地したかった……」
そう言い終えると、永らく隣にいたものは、黒い煙となり消えた。
わたしはひとり、猛スピードで青色の地を目指す。
この星の大気圏
ポイントガード( だんだん高くなるドライブ・毎週ショートショートnote)
彼の手にボールが渡ると、『また何かやってくれるかもしれない』『まだ諦めるには早い』という気持ちが湧いてくる。チームメイトも応援する者も、彼に期待した。
彼は実際、敵陣に切り込んで、チャンスをたくさんつくったし、自らシュートを決めてきた。彼のドライブが、数々の勝利を運んできた。
決勝戦、残り時間はあと2分。点差は9点。彼の手にボールが渡る。フル出場の彼。疲労は明らかで、腰もドリブルの位置も
春の光 (外道一組・毎週ショートショート)
寒くて動けない。土の中でただじっとしていることしかできない、長い冬が終わった。陽の暖かさは地面に伝わり、春の訪れを知る。
自由に動かせる体。仲間たちと、声高らかに歌い、地上を目指す。
色とりどりの花の蜜を食べよう。小さな虫たちをみんなで協力して捕まえよう。希望のつまった話をしながら、上へ上へと掘り進める。
最後の土の塊を押し出して、いよいよ陽の光が巣穴に差し込む。やあやあ!ハロー!新しい世
あの曲 (ヘルプ商店街・毎週ショートショートnote)
その商店街ではひっきりなしに、とある曲が流れている。エンドレスリピートされるその曲は、あの有名なイギリスの四人組バンドの曲、『Help!』だ。
アイニードサムバディー、ノットジャストエニバディー、そのあたりまでは買い物客みんなが歌える。
アーケードをくぐった瞬間から、そこそこのボリュームで流れるその歌で、みんな頭がいっぱいになる。買うべきものを忘れたり、妙に忙しない気持ちになる者がちらほら。
難解です (ビジュアル系男子に教えられた琴・毎週ショートショートnote)
顔に降りかかる赤色の長い髪をしょっちゅう触っている。どこかにひっかかったり、お互いが絡まったりしそうなピアスを耳たぶじゅうにくっつけて、細身のパンツを履きこなしている。
いつの間にか、いとこの兄はそういう装いをするようになった。別にそれはいい。服装は自由だ。僕は気にしない。でも弟がいとこを見てかっこいいと言う。それはなぜか心配だった。
だから質問するんだ。一番心配な事を。
「どうしてそんなに
メガネ (草食系男子が教えてくれたこと・毎週ショートショートnote)
絶対にかわいいって言われたいから。今日もしっかりメイクをしている。左目だけ少し小さいのが気になるから、左のアイラインはより太く。
汗をかいてもいい匂いって言われたいから。こまめに香水をつけ直す。多くの愛され女子とやらがつけている人気の香水。高いから、ほんの少しずつ。
セクシーだねって言われたいから。制服のワイシャツのボタンは、胸の谷間が見え隠れするくらいに開けておく。チラリズムってのがいいん
いつか王子様が (名探偵ボディビルディング・毎週ショートショートnote)
私は美貌を持て余している、と思う。ひっきりなしに声をかけられるけれど、満足させてくれる人はあまり居ないから。
なぜなら私の理想は高い。筋骨隆々の人が好きだ。筋肉は多ければ多い方がいい。ボディビルダーの方は、本当に好みだ。
胸に飛び込んで、筋肉に弾かれたい。筋肉がつくる溝に、指先をかけて眠りたい。はち切れたシャツのボタンを付け直したい。ブーメランパンツを洗濯してあげたい。こんなにも甘く夢見てい