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スピンオフは楽しい


“芸能人格付けチェック”という番組がある。高級品と庶民的なものを嗅ぎ分けるクイズ番組だ。この番組によく登場するのが“ストラディヴァリウス”というバイオリンの名器。素人が練習用に使う安価なバイオリンとの音色の違いを聞き分ける。そしてもう一つこの番組によく登場するのは高級ワイン。ワインにしろバイオリンにしろ、普段私たちが“美味しい”あるいは“優しく心地よい音色”と思っているものは実は庶民的なほうで、“渋い”あるいは“音が尖っている”と感じるほうが、本物だったりする。まあワインは実際には味わえないが、音はテレビでもわかる。そして私は、このクイズが得意だ。だって、耳慣れないほうを選べば大抵当たる。


『祝祭と予感』/恩田陸


本屋大賞に輝き、映画化もされた『蜜蜂と遠雷』。芳ヶ江国際ピアノコンクールを舞台に繰り広げられる、若きピアニストたちの闘いと苦悩が描かれ、ハマった人も多いだろう。音楽(音)を文章で表現するという、恩田陸さんの素晴らしい作品だ。そしてそのスピンオフとなる本作。コンクールで闘ったコンテスタントやその先生、審査員が登場し、コンクールでの課題曲の誕生のいきさつや、先生との出会いのお話や、本編ファンなら涎ものの短編がズラリ。(一つ不満を言うなら、私の推しである明石さんが登場しなかったことかな。)


全6編の短編が収録されている。そして本のタイトルもそれぞれの短編も、全てのタイトルが『○○と○○』になっている。各々のタイトルの2つの単語がどんな意味を持って繋がっているのかを考えながら読むと楽しい。
中で『袈裟と鞦韆』は、本編で描かれたコンクールの審査員でもある菱沼氏と彼の教え子との話。いわば課題曲『春と修羅』を作曲するにいたった誕生秘話だ。作曲家は頭の中に浮かんだ(鳴った)音楽を楽譜に落とす。でもそれが、必ずしも思い描いた通りの音楽(曲)になるとは限らないらしい。もしかすると楽譜を、その曲を、作曲家の満足のいく演奏が出来る人がいて、初めてその曲は完成なのかもしれない。高島明石がコンクールで“菱沼賞”を獲ったわけが、少しわかったような気がした。ちなみに、“鞦韆”という難しい漢字の読み方は“ブランコ”。また一つ賢くなった。


最近はよくみられるドラマのスピンオフ、本編では脇役だった人が、スピンオフでは主役になって、全く違う目線の物語が繰り広げられる。たまに本編でのエピソードが絡むと、新しい発見があったりして楽しみが2倍にも3倍にもなる。スピンオフには、続編とは違う楽しみがある。


コンテスタントたちの苦悩や葛藤に、読んでいる私までも心がヒリヒリした『蜜蜂と遠雷』は、バイオリンでいえばストラディヴァリウスだった。上下段組だった本編とは違って、こちらは短編、読みやすいけど物足りない気もする。もっと読みたい。もっと登場人物のことを知りたい。『蜜蜂と遠雷』の登場人物は誰も彼もとても魅力的だったので、いくらでもスピンオフが出来そうな気もする。次作がもしあるなら、次は是非明石さんのお話が読みたい。



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