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『夕焼けポスト』からの返事

『夕焼けポスト』/ドリアン助川

タイトルから想像したのは、いとうせいこう氏の『想像ラジオ』。読み始めて、私の予想はハズレてはいなかった。が、もっと近いのは東野圭吾氏『ナミヤ雑貨店の奇跡』もしくは韓国映画『イルマーレ』のように、時空を越えて手紙のやり取りをする。‥というと、綺麗なファンタジーを思い浮かべるだろうが、本作はもっと重くて切ない。

夕焼け時刻になると主人公の前に現れるポスト。その中には手紙が何通も入っている。手に触ったものをランダムに読んではその返事を書く。タイムリミットは、夕焼け時刻が過ぎて夜になるまで。あたりが暗くなるにつれ、ポストはだんだん消えていく。人生の岐路に立って思い悩む人々からの手紙に、主人公はひたすら返事を書く。手紙の差出人は有名人の場合もあれば名もなき人からの手紙もある。有名人ならその人のその後の活躍を知る主人公にとっては、方向性を示しやすかったろう。どんな返事であっても、その人の“成功”は揺るぎない。歳をとってから犬を飼いたいと思うが、犬より自分のほうが早く死んでしまうかも知れないのが可哀想で決断できずにいる人もいた。些細な悩みのように思えるが、その時のその人にとっては大問題だ。

この本のテーマは2つある。
1つ目は“観自在”の考え方。“観自在”は般若心経の最初の3文字、”全ての事物を自由自在に観ることができること”という意味。また観世音菩薩(観音菩薩)の略でもある。人々の悩み、苦しみの声を聞き、救いを与えてくれる神様。苦しみの本質を見抜くという智慧をもたらす。

そこで2つ目のテーマ。“角度を変えて観る”。例えば自分では短所だと思えることでも角度を変えれば長所になる。長女の同級生のことを思い出した。中学1年の終わり頃から学校に通えなくなって、そういう子たちが集まる全寮制の中学校に転校した。その子のお母さんと私は、子どもたちが小学校時代に、街の子ども吹奏楽団に入っていてそこで知り合った。通う小学校は違ったが、一緒に役員をしてから意気投合し、いまだに交流がある。中学校を変わりたいと思っているという話を聞いたとき、私は反対した。クラスが変われば状況が変わるかも知れないからもう少し待ってみたら?と。そもそも、小学校の時に女の子同士のいざこざに巻き込まれて以来人間不信になっている子が、全寮制の学校でやっていくのは難しいのではないかと思ったのだ。

私の危惧だった。その子はそのあと同じ系列の高校に進学し、専門学校を経て訪問介護の仕事に就いた。そして去年結婚し、子どもも産まれた。その子にとって必要だったのは、新しい環境、新しい人間関係だったのだ。

“角度を変える”、この本の中で再三登場するキーワードだ。私の頭はかたかった。皆と同じように出来ることだけが“普通”じゃなかった。知人の息子さんで高校時代から何年間も引きこもりだった人がいる。その子のお母さんはこんなことを言っていた。「長い人生のうちのたったの何年間か遠回りしたって、全然大丈夫だから」って。諦めじゃなく、受け入れ。その人にとっても、娘の同級生にとっても、必要な遠回りだった。そして親御さんにとっても。

『夕焼けポスト』の主人公は、悩める人に宛てた返事を書いてはいるが、実際にはその返事があろうとなかろうと、悩んで答を出しているのはその人自身だと気づいていく。noteと同じだ。書くことで起きている事象を整理でき、気付きが与えられる。誰の心の中にも“観自在”の自由な考え方は存在していて、ああでもないこうでもないと、いろんな角度から考えに考えて出した答こそが正解(智慧)なのだ。今もし、その子のお母さんから相談を受けたら、きっと私はこう言うだろう。

答は本人の心のままに、それが良い、と。

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