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愛情の取り扱いに苦悩する人たちのお話


幸せを絵に描いたような家族でも、ある日バランスを失い崩れてしまう。この物語は、そんな家族の再生のお話。


『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』/山田詠美

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ひとつの家族となるべく、東京郊外の一軒家に移り住んだ二組の親子。それは幸せな人生作りの、完璧な再出発かと思われた。しかし、落雷とともに訪れた長男の死をきっかけに、母がアルコール依存症となり、一家の姿は激変する。「人生よ、私を楽しませてくれてありがとう」。絶望から再生した温かい家族たちが語りだす、喪失から始まる愛惜の物語。


両親の再婚でひとつの家族になった、澄川家。長男と長女は母親の、次男は父親の連れ子、そして次女は2人の間に生まれた子。次女が生まれた時に、母親が漏らした一言、

やっとマコちゃんとこと血が混じったわね


マコちゃんは彼女の夫のことだ。母親は悪気無く、こういう棘を家族の心に残してきた。


郊外の、凝ったディテイルの家に住む“綺麗な”家族。綺麗というのは外から見て完成されてる感じだろうか。専業主婦の美しい母親は皆に愛され家族の中心にいた。長男・澄生はカリスマ性がある学校の人気者、そして母親の大切な宝物であり常に母親にとっての優先順位の一位だった。その澄生が、17歳で亡くなる。しかも雷に打たれて、突然。そこから家族のバランスがおかしくなっていく。長女、次男、次女の目線の各章と、最後の章は『皆』とタイトルが付いている。最後まで読むとこの章が誰目線なのか分かる。と同時に涙が流れた。


家族を守ろうとするしっかり者の長女は誰かと恋人同士になる度に、愛する人が死んでしまったらどうしようと怖くて臆病になる。幼すぎて幸せだった頃の家族の時代を知らない次女は、恋人に対して私が死んだらこの人はどうなってしまうだろうと考える。そして、唯一母親と血の繋がりの無い次男。彼は母親に愛されたい一心で、無邪気に母親にまとわりつく。いくら近づいても、母の心を独り占め出来ない。それは澄生が亡くなってからも続く。母親に愛されたかったという気持ちからか母親ほど年の離れた女性と交際する。彼は告白する、澄生が亡くなった時、もちろん悲しかったけど、嬉しい気持ちもあった、と。これで澄生のポジションに自分が座れると思っていた。が、そうはならなかった。


長女は長女で、母親が壊れたのは澄生が母を甘やかしたせいだと思っているし、次女は周りから未だに“澄川くんの妹”として扱われる事が嫌だ。そのせいでいじめにも合った。皆が澄生を愛しつつ、ちょっと憎んでもいる。みんな愛情の取り扱いに苦悩している。
父親の影が薄い。それだけこの家では母親の存在が家族を形作っていたという事だ。だから、母親がアルコール依存症になって家族の形がうまく作れなくなった時に、黒い本音が出てしまう。再婚家庭だけど奇跡的にうまくいっていた。でも実は本人たちが気付かないところでお互いに遠慮や嫉妬があった。結果的には母親のせいで、いやおかげで家族を再生するという目的に向かい一つになれたのだ。


共依存

母に対して怒りを覚えながらも、同情に値する哀しい人として扱い続けて来たあたしたちは、共依存だったのかもしれない。(中略)あたしたちだって、母のせいで上手く行かないさまざまな事柄の原因を澄生(長男)の死の仕業だとして来た。でも、それが正しくないと、本当は、皆、知っていた筈だ。
いつまでも、何か悪いことが起きるたびに死んだ人のせいにしていたら、その人はかわいそう過ぎる。


澄川家の人たちは、澄生を“肉体を持たない初めての家族の一員”として受け入れることにした。澄生の命日に行われたのは法要ではなく、誕生日パーティー。

突飛で、愉快で、愚かで、たまらなくあったかい連中だよ、まったく。


家族に“光”が見えたエンディング。再婚家庭の歪な関係を三面記事的に楽しむつもりが、私はいつのまにか澄川家の人たちを応援していたんだ。



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