アミーゴ!ハポン!アクロバティカ!
薄暗い部屋で目を覚ます。自分がどこにいるのか、理解するのに少しだけ時間を必要とした。
昨日はふらふらになりながら部屋に入り、荷物を投げ出すと、また、ふらふらと街へのみに出かけた。
さすがに6時間のドライブは応えたらしく、帰るなりぼくはベッドに転がり込みそのまま起きることはなかった。
朝起きてぼくはヒッピーになる
おばちゃんが朝食の準備ができたことを告げにくると、ぼくは顔を洗い、屋上へと上がる。
無造作に重ねられた瓦がどこまでも続き、自分の知らない街へきてしまったという事を思い知らされる。
朝の活気がそこかしこで呼吸を始める。この街にはこの街の暮らしがあり、いつもと変わらない朝が、明日も続くのだろう。
昨日は気付かなかったが、同じ家にスペインのバスク地方からきた学生がふたり、泊まっていた。
彼らはバックパッカーで、ふたりで旅をしている。ここトリニダーではお金を節約するために自炊をしいるらしい。
ぼくは屋上を独り占めし、街を眺めながら優雅なひと時を過ごす。キューバの朝食はどこも同じなのか?
ここトリニダーでも食卓には山盛りフルーツ、オムレツ、フルーツジュース、そしておいしいパンが並ぶ。
空はどこまでも広く、やさしい風が吹き抜け、このままここでの暮らしも悪くないのではないか。ふとヒッピーたちが目指した桃源郷を思い出した。
アミーゴ!ハポン!アクロバティカ!
昼前にマヨール広場に向かう。既にお祭りは始まっていて多くの観光客で賑わっていた。
階段の中ほどにあるバーの前でミュージシャンが準備をしている。6人組のキューバミュージックバンドだ。リーダーはいかつい黒人の男。
彼らと一緒にステージに立つために、ここでもハバナとまったく同じ手法で注目をひく。
コンガの男がリズムを刻む。それに合わせてボールを操る。ぼくのパフォーマンスはここキューバでは珍しいようであっさりと受け入れられた。
コンガの男と目が合う。リズムを刻み始める、入ってこいよと挑発されているようだ。
彼のリズムに合わせ頭の上で小刻みにボールを動かす。ラストはぼくの動きに彼が合わせる形でフィニッシュ。満足そうに頷いていた。
ブラジル人は日本の桜を夢に描く
お前のステージなかなかよかったぞ。そうやって旅をしているのか?見たところ日本人の様だが、中国か?韓国か?まぁどっちでもいいか。
ブラジルもサッカーはすごいぞ。オレも昔サッカー選手だったが大怪我をしていまはもうボールを蹴ることはできない。
だから、お前のように楽しそうにボールを蹴ることができるのは、本当にうらやましいよ。
何本目かのステージを終え、木陰で休んでいると、ひとりの男が近づいてきた。ブラジル人だという。
彼は今、アメリカの農場で働いている。長期の休暇が取れたのでバカンスとしてキューバにやってきたそうだ。
トリニダーを訪れる前は、ビーチリゾートのバラデロに滞在してたらしく白砂のビーチと自分の写真を自慢げに見せてくれた。
故郷のブラジルを離れ、アメリカに出稼ぎに行き、いまは農場で働いている。一生懸命働いて、休みができたらこうして旅に出るという。
ブラジルはどうなんだ?と聞くと、治安が悪いから観光にはあまりお勧めできないと苦笑いしていた。
彼にはやりたいことがたくさんある。bucket listを作っていて、そのうちのひとつは、日本で桜を見ることだった。
お前は英語がうまいな。英語というよりコミュニケーションだな。言葉はどれだけきれいなものをしゃべるかじゃない、もっと大事なものがあるんだ。
お前の何かを伝えたいという気持ちはしっかりと伝わってくる。なぜだかわかるか?それはお前が世界に対して心を開いてるからだ。
それは、英語が話せるなんてことよりもずっと大切なことだ。お前はいままであった日本人の中でナンバーワンだ。その気持ち、忘れるなよ。
そう言うと彼は乾杯し、ハートランドを一気に飲み干した。そしてふらつく足のまま、再びのビールを求め階段をのぼっていった。
マヨール広場には、Buena Vista Social Clubの「Chan Chan」が流れていた。彼らの歌はぼくの心に入り込み、郷愁を誘う。空はどこまでも青い。
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