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リズム社員

前回の「リズム社長」の続編になります。続編にするつもりではなかったのですが文章塾のこの回のテーマが「的」。で、考えているうちに続編になっていきました。

 我が社のタップダンス愛好家はあっという間にほぼ全社員に拡がった。なにしろ午前中だけパートの掃除のおばちゃんまで「買っちゃった」と、恥ずかしそうにタップシューズを見せてぎこちない音を出していたが、最近では良いリズムがトイレから響いてくる。やっていないのは腰痛持ちの副社長と田中課長だけだ。

 革靴やパンプスをロッカーでタップシューズに履き替えると「さあ、仕事するぞ!」という気になってしまうから不思議だと口々に言う。
「タカタッタ」と一発床を叩くと気合が入り、自分の机に向かう。机は窓側に移され、オフィスの真ん中に広い空間が造られ移動のたびに皆、心地よく乾いた音を出す。

 コロナのために可能な者はリモート勤務で良いのだが、会社近くのタップ教室に通うために出社する社員もいる。
 キーボードを叩く音と、床を無意識に叩く足は連動しているようだ。そして隣の人のリズムともいつの間にかシンクロしていくのでオフィス全体が統一されたリズムの音で満ちている。

 最近はテレビ等、メディアの取材も多くなってきたが、たまに「タップは強制なんですか?」と的外れなことを聞く人もいる。オフィスに響いてる音を聞けば分かると思うのだが、とにかく楽しいからやっているのだ。たまに無音が恋しくなり屋上に行くこともあるがそれでも気づくとリズムを刻んでいて笑ってしまうと話したら「そうそう私も」と何人もが同意した。

 以前は得意先の工場へは社長と秘書の山野さんの二人だけだったが、最近は向こうからのリクエストで十人ほどで行き工場内をダンスの様にリズム良く音を出して視察している。社長が白、他は黒のスーツでキメてタップダンスでゆっくり踊りながら廻る。見学者もさらに増え、工場の床をタップ仕様にした企業も多く、それを見たくて発注する企業もあるほどだ。僕も行きたいのだがまだ声が掛からない。選抜は社長がするのだがテクニックで選んでいるのではないと思うので次は行かせて下さいと頼んでみよう。

 そして今日、すごいニュースが入ってきた。我が社をモデルにしたテレビドラマが作られると発表され、社内が湧いた。社長の役はビートたけしさんか宇梶剛士さんだろうかと盛り上がり、秘書の山野さんの役は容姿が似ている米倉涼子さんが良いなとみんな言っているけど僕は、片桐はいりさんが面白いと思ったが総つっ込みされそうで言わなかった。益々この会社が好きになっている。

笑。 違った、 完。


知念満二の短編集や、小説のスライド動画、詳しいプロフィールは「満月うさぎ社」のページへ。


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