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第3回 プロカウンセラーの積読打破 『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』Robert Koller (2020). (早川書房 2022) を心理分析する (3)

実際に統合失調症の心理療法を担当してるプロカウンセラーが、統合失調症を抱える家族についての本を読んでみました。


Inside the mind of American Family アメリカン・ファミリーの心の内

もう一度、原題の「アメリカの家族」とは、どのような意味なのか取り上げて考えたいと思います。 

ギャルヴィン家の両親はカトリックの一派を信仰しており、避妊や堕胎を認めなかったと推察されます。その結果として12人の子どもが生まれたのでしょう。

両親をみると、父は仕事人間で家の子育てについてはあまり中心的な役割を果たしていないような印象です。一方で母親は12人の子どもを、一人で面倒みていたようです。ベビーシッターなど、他人の手を借りて子育てをしていたという記述はほとんど見当たりません。 

生まれた子どもが2,3人であったときには、なんとか手が回った(それでも大変ですが)かもしれませんが、12人となると充分に手をかけて育てるのは難しかったでしょう。
そのため年長者が年下の兄弟の面倒をみることになります。母が家事をしている間、兄弟間の喧嘩や暴力が絶えなかったようです。

このような精神的な安全感を体験できないような環境で育つと、将来的に精神状態が悪化しやすいのは臨床的にも観察される事象です。
 
家族が家庭内外で遭遇した出来事をみていくと、アメリカ文化に暮らす典型的な家族像がみえてきます。アメリカの社会が抱えている、さまざまな出来事(否定的な面も含め)をこの家族も経験しています。
 
第二次世界大戦で出兵した父親と、子どもを妊娠して夫の帰りを待つ母親。帰還後、父親は軍隊で働く※。母親は幼い頃から音楽や芸術をこころの支えにして暮らしている。子どもたちは青年期にはアメリカの国民的スポーツであるホッケーなど、学生時代にはスポーツに打ち込む。音楽好きな母親に影響を受けたのか、子どもたちの数人は音楽教師やミュージシャンになる。一方で薬物やアルコール、そして家族内には虐待という事態が影を落とす。
 
一家が経験してきた出来事のエピソードを見ると、アメリカの映画や小説などで繰り返し取り上げられてきた「アメリカらしい出来事」に満ちています。そういった意味で、ギャルヴィン家はあまりにも戯画的なアメリカの家族といえるかもしれません。
 
そのような家族のストーリーを読んでいると、かわいそう、悲劇的などと感想を持つ人も少なくないでしょう。しかし心理臨床に携わるときには、そのような同情は全く役に立ちません。私が読みながら考えていたのは、この家族にカウンセラーとしていかに関わることが出来るかということです。
 
本書のストーリーを読むと家族内で変化が起きた一つのきっかけが、末妹がカウンセリングを受けたことだと考えられます。これは家族内に残った精神病を発症していないメンバーが、初めて専門的なこころのケアを受けた瞬間です。
 
カウンセリングを行う立場として、このような家族に関わるとき、家族の健康な側面に注目します。とくに精神症状が出ている人に関わることが難しいときには、家族を支えてきた健康なメンバーに焦点づけます。この家族ではアプローチできる可能性があるのは、母親と末妹かもしれません。
 
母親の性格は愛情深く、前向きである一方で、現状を把握して対応するタイプでないことがみえます。彼女は子どもたちのそれぞれの性格や好みを把握していた一方で、病気に対して治療的にかかかわることは苦手だったようです。発症した子どもを、いわゆる精神障がい者としてではなく「自分の子ども」として、かかわっています。
 
一方で末娘は家族に怒りを感じたりなど、現状を変えようとする性格のようです。この家族のなかで「現実に対して何か対処しよう」とする力を持っていたのか彼女だったのでしょう。最後には彼女は母親の役目を引き継ぎ、兄弟を支えるようになります。

(次回に続く)


※ギャルヴィン家の父親にもあてはまるかわかりませんが、従軍して戦場の体験をすることで深刻なトラウマを抱え、一般社会への復帰が困難になるケースがあります。アメリカではベトナム戦争以後、社会問題になりました。元軍務者が、生涯にわたって軍関連の仕事をしたり、軍の規律的な生活を送ることで、自分の精神状態を保とうと試みること少なくありません。たとえば『勇者たちの戦場』(2006年 アメリカ)では社会復帰に困難を抱えた、従軍帰還兵のストーリーが描かれています。ギャルヴィン家の父親も第二次世界大戦時に戦場経験があり、その後、軍関係の仕事に就いています。子どもたちを軍隊式に番号で呼び、規律に従った生活させようと試みていますが、トラウマを抱えていたかは不明のようです。

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