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虎の尾を踏む男達 大盃と酒好き

飲み仲間と兵庫県は灘の酒蔵巡りに赴いた。

灘は有名な大手メーカーの酒蔵が並んでいる。六甲を通る硬水がしっかりとしたお酒を作るので、京都伏見の軟水で作られる柔らかいお女酒に対比して、男酒と言われている。

関西に住んでいて、日本酒ファンとしては一度は訪れておきたい場所。

今は史料館になっている酒蔵には大きな盃が飾ってあった。相撲の祝勝会で力士が賜るような大きな盃。…

大きな盃を両腕に抱え、身体を大きく揺すりながら大量の酒を飲み干す、武蔵坊弁慶の姿が思い浮かんだ。豪快で愉快、まさしく、これぞ弁慶だ!と思った。

『虎の尾を踏む男達』1952年公開日本映画。黒沢明監督。映画は歌舞伎『勧進帳』、能楽『安宅』がモチーフの作品。

源義経が兄頼朝に追われ、国中逃げ場のない中、唯一の伝手を頼りに北に旅をする義経一行。

加賀国、安宅の関(石川県小松市)を通る。関には関守がいて、既に山伏に扮した義経一行の情報が届いている。

義経を守るは弁慶。弁慶は関守の富樫が持ち掛ける難題に機知を効かせて答え、(勧進帳を空で読み上げる)関を通る許可を得るのだが…

屈強な山伏の中に弱々しい風体の者がいると、義経が怪しまれる。疑われないために、あえて弁慶は金剛棒で主君義経を殴りつける。その酷い殴りようにまさか自分の主君をその様に殴るまいと、一行は今度こそ、関を通ることが許される。

大切な主君を金剛棒で殴らなければならない。心で詫び、泣きながら殴りつける弁慶。弁慶の忠義と機転と仏の導きを信じ、黙ってただ殴られている義経。

信じ合う主君と家来に民衆は涙してしまう…私も涙。民衆が求め再演が繰り返されてきた演目の一つ。

酒宴の場面。富樫が「先程は失礼した。」と酒肴を持って一行を追ってくる。一行は疑われ様子を観察されているのかと警戒する。だからこそ、弁慶は舞を舞い、大酒を食い油断を見せる。

映画の中の弁慶役は大河内傳次郎さん。

大河内傳次郎さんは、眼光鋭く堂々と重厚感のある不動の弁慶を演じていた。何にも知らない私は最初は歌舞伎役者だろうと思っていた…が、なんと眼に傷、頭巾姿の『丹下左膳』の役者さん。実家は医者の家系で学生時代は剣道をし、脚本家になるべく会社に入り、役者の気持ちを理解する為に役者になったのだとか…無声映画の時代劇で、スクリーン狭しと走り回り、無数の敵に囲まれてもバッタバッタと切り倒し、七転八倒する激しい大立ち回りで一躍有名になった方。

そしてこの映画が独特なのは、当時人気喜劇役者、エノケンこと榎本健一さんが荷物の運び役として一行に同行していること。決死の覚悟で虎の尾を踏むが如くに関所を超え、義経を守る旅。緊張感ある一行に、何にも事情を知らないお気楽な庶民が紛れ込み、明るさを差し込む。機敏な動きのエノケン。

この対比が対比の美学、黒沢明監督らしい演出だと思った。エノケンの一挙一動がユーモラスでそれでいて、観ている観客の気持ちを代弁してくれている。

エノケンが目を覚ますと一行が既に去った後だったと言う演出はまるで能。能も何かしらを伝えるシテ。目を覚ますとシテは消え現実に戻る話が多い。エノケンが飛び六方をする幕引きはまるで歌舞伎。

能や歌舞伎へのオマージュを感じる。エノケンを通して観るものに対しての労りをも感じる作品だった。黒沢明監督映画の中で私が最も好きな作品。


灘の旅は大きく変わった今昔を感じた。

かつては全国に酒を運ぶ、帆船がズラリと並ぶ勇壮な景色があったと思われる河川。今は大型トラックが縦列し、工場が建ち並ぶ工業地帯。排気ガスで埃っぽい色をしている。記念館として残された昔の蔵の一部が風情を残すのみ。

有料試飲で出されたお酒は私にはイマイチだったのでガッカリした。それなら、それら大手メーカーが市販しているお酒に断然美味しいものがあるのを知っているから…今回は原地でしか味わえない美味しいお酒に出逢えることに期待してわざわざ灘まで赴いたので…

ここ10年余りの間に、日本各地で代替わりした蔵元が美味しい日本酒を作っている。小さい蔵元でも、若い作り手でも、素晴らしいお酒を作り日本酒ファンを喜ばせてくれている。 

大手メーカーさんが有料試飲で出したお酒の味に、その資本のあり方に疑問を感じた。勿体ない知名度と資本…

とは言え、私が訪問したのは数ある蔵元の一部にしか過ぎない。灘全体を指しては申し訳ない。日本酒好きの私は日本酒業界全体を応援している。コロナ禍でも、頑張って欲しい!

資料館に飾られていた大きな盃…弁慶が味わった日本酒がとびきり美味い酒であったことを想像して、私は小さい盃で乾杯。

日本酒好きの旅はまだまだ続く。遠慮なく全国を旅したい。美味しいお酒をたどる旅に!











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