メイドと店員さん


酔っ払うと時間を問わず、電話をかけてくる子だった。

都会の労働社会に疲れていた私は彼の奔放な生き方に憧れたし年齢にそぐわぬ愛くるしい見た目も好きだった。


28歳、メイドカフェ勤務の私は結婚していく友達やはたまた出産までしている友達に置いていかれている気がしていた。
たまたま若い時に始めてみたメイドカフェのアルバイトをやりがいは感じつつもずるずる続け28歳。
周りは若い女の子たちばかりで18歳の子なんかもいるか驚きだ。
10歳も歳の離れた子にそういえば先輩って何歳なんですか?と聞いてくるから若者は怖い。もうおばさんでね、としかやり過ごせない。
勤務中、ご主人様に何歳なの〜??と聞かれても新18歳ですっ!って答えられるのに。
メイドカフェで働いている間の私は何者かになりきることができて現実を見ることをそなくて済むからいくらか気が紛れた。
そういえばさっき休憩中に見たインスタのストーリーで友達がまた結婚報告してたな。げいのうじんでもないんだから報告なんてする必要あるだろうか。

夜の22時ごろ私は魔法が解けて28歳に戻る。

お給料が悪いわけではないが確実に今後グンと上がる事もない、
将来が見えなくてたまに絶望する。
両親とは不仲であったため、結婚とか孫の顔なんてのは急かされないからまだ良しとしよう。
魔法が解けてコンビニで買ったご飯を食べて眠るだけの日が続いて今になっている。これが私の日常のはずだった。

本当にたまたま。普段はそんなことを絶対しないのだけど。
この日はどうしてもお酒が飲みたかった。肌に悪いからあまりアルコールは飲まないようにしていたけどこの日はどうしても。

乗り換えの駅のすぐ近くにあるいつも気にはなっていた飲み屋さん。
間接照明がぽんぽんとついていてオシャレでいつも楽しそうな声が聞こえる。
友達と生活リズムが少し違くなってしまってからあまり遊ぶこともなくなっていたので孤独感を感じていてその場所が羨ましかった。
この日は絶対入るぞと決めて、23:30前くらいに勇気を出して木で出来た引き戸を引いた。

お店の中は常連であろう人が数人お酒を飲みながら談笑していた。楽しそう。今日まだ水曜日なのに。

ここどうぞ、と店員さんがあまり広くない店内の座りやすいところに案内してくれた。
初めてですよね?
と店員さんが声をかけてくれた。
鎖骨くらいまでの長さのあるパーマがかった髪をしている可愛い顔をした男の子だった。
歳は多分23歳くらい。

ここはバーとまではいかないけど店員さんも常連さんにお酒をもらって話しながらお仕事をしていた。
私もご主人様やお嬢様にドリンクをいただいて作りながらお話するので似ていたからなんとなく親近感が沸いてしまった。
ハイボールを頼んだ。本当はビールが飲みたいけどハイボールだった太らないってよくみんなが言うから。
どうぞ、と店員さんが出してくれたのを一口飲んだ。久々のお酒の味だ。元々お酒を飲むのは好きだった。

店員さんは初めまして、この辺で働いてるの?と聞いてきたので普段は人に自分の職業なんて話さないのに言ってしまった。
秋葉原で働いてます。と。
なんのお仕事ー?と言ってきたのでもう二度と来ないかもしれないしいいかと思って素直にメイドカフェです、お恥ずかしながら。と言った。恥ずかしいと言うのはメイドカフェのことではなくいい歳をして夢みがちと思われそうな職に就いている思われるだろうと思ってお恥ずかしながらと答えた。

えー!!すごい!!みんな!!この子メイドさんやってるんだって!!!

いやーーー!!待って待って、他の人には流石に大声で言わないでくれ、なにこの店員さんデリカシーない人!?と思ったが他の常連さんの反応は私の思ってるものと違かった。

すごい!本物のメイドさん初めて見た!
どんなことするの??

ここには誰も引く人はいなかった。
この日、いつも悪態をついてくるご主人様に、君はいつまでこんな仕事を続けるつもりだ、将来のことは考えてるのか、とチクチク言われていてそのストレス発散にここへ来たがこんなに歓迎される思っていなかった。
名前はなんて言うの?と聞かれたけど本名を答える勇気は出なくてメイドカフェで使っている源氏名を名乗った。

ここへ集まる人は年齢、職業、様々だった。ここではいろんな人の人生が交錯していた。
あまりにも楽しかったので私はまた数日後にも行ってしまった。

店員さん(みんなが言うには店長だと言う)はあまり自分の話をする人ではなかったけどあまりに可愛らしい顔とは裏腹にそのちょっとミステリアスな雰囲気が気になった。
その日、お店に行くと誰もおらず店員さんのみ。
なにか飲みますか?と店員さんに聞いたらありがとう!喉乾いてたんだー!とビールを自分で注いでいた。私はいつも通りハイボール。
2人だけで乾杯した。

店員さんって何歳なんですか?私より歳下ですよね、それなのに店長やられてるってすごいですよね。

と言うと、

30歳だよ!
と言う。驚いた。だって本当に23歳、なんなら21歳でもおかしくないくらい見た目が若い。若作りしているとかではなく本当に若く見えるのだ。
服装が子供っぽいわけではない。寧ろお洒落だと思う。可愛い顔をして私より歳上だったのだ。不思議だ。
私はこの不思議で可愛い店員さんに益々興味を惹かれるのであった。

その日は本当に2人で飲んで人生観だとか恋愛観だとか話した。
偉そうに語れることなんて何一つなかったが話は弾みに弾んだ。
久々に人と普通の会話をしたかもしれない。
いつも雲の上の国からみんなを幸せにしにきたメイドなんです!
これは魔法の水です!
ご一緒に〜!萌え萌えきゅん!
などと言っているので年齢近い人と込み入った話をするのが珍しくなっていた。

店員さんはこの店の営業が終わるとすぐ向かいのカラオケバーで働いているようだった。そこもいつもドンチャンしていて楽しそうだったけど永遠メイド主義くらいしかまともに歌えない私はそこへは行かなかった。
店員さんと会えるのはこの間接照明が綺麗な小さな飲み屋さんだけだった。

連絡先は聞かないのがいいだろう、とは思っていたがある日店員さんのほうからLINE教えてよと言ってくれたのでLINE交換した。
私はLINEの名前は絵文字のハートマークだったので本名を知られることもなかった。
店員さんの名前は少女漫画みたいな名前だったので多分この小さな夜の街で生きていくための源氏名なんだろう、と思った。綺麗な名前だった。

お店を出た後、今日は来てくれてありがとう。ご馳走様です。とLINEがきた。なんとも律儀な。また行った時には好きなだけ飲ませてあげたいと思ったと同時に店員さんにバックはつくのか心配になった。メイドカフェ勤務の悲しい性である。メイドカフェでは時給プラス歩合で稼ぐのが当たり前だった。

LINE交換してから関係が縮まったのかわからないけど店員さんから夜中に電話がかかってくるようになった。
もうすでに店員さんのことを異性として意識してしまっている手前嬉しかったがなんとなく出なかった。
大体、電話の直後に酔ったーとLINEが入る。

酔うと電話してくるタイプなのか、と思ったけど夜の街で働いている人だからこんなこと私以外にもやっているんだろうな、と思った。嬉しい気持ちとどうせ他にもいるんでしょ!の気持ち。別に彼女でもなければ友達ですらない、店員と客の関係なのにこんなことを考えてしまう自分が嫌になった。

ある日、店に行くと店員さんの姿がなかった。
どうやらお休みの日だったらしい。いつが休みかなんて聞いたことなかったけどそりゃそうだ、休みの日もあるよなーと思っていつも通りハイボールを口にした。
女の子2人組がお店に来て店員さんいないんですかー?と別の店員さんに問う。今日はお休みなんだよね、と言われるや否やじゃあ私たちが来てたって伝えてくださいね、と行ってお店から出て行った。
あんだけ可愛ければ若い子たちも店員さん目当てでお店に来るんだ、まるでホストみたい。と思いながらハイボールを口に運んでいくと同時に、あの子達は店員さんの連絡先知らないんだ、私は知ってるけど。という優越感に浸ってしまった。おいおい、ハイボールが美味いぞこりゃ。
3杯目のハイボールを口にしようとした時、LINEがなった。店員さんだった。
普段電話の出ないくせになんだかこの電話は取らなきゃいけない気がすると思い電話に出ると、
今日何してる?今日お休みでさ、今飲んでてさーよかったら来ない?
と言われたのだった。お誘いは初めてだった。
あの、今お店で飲んでで、と言うと
じゃー、イッキで!早く来て!!
と言われた。一口くらいしか飲んでないハイボールを一気に胃に流し込み席を立った。行かなくちゃ、と思った。
指定された場所はお店から徒歩10分かからないくらいのところにあった。
軽く小走りで向かってる間、さっきの店員さん目当てで帰って行った女の子2人組を思い出していた。私はあの子たちより気に入られているんだ!私は飲みに誘ってもらえる人間なんだ!高揚感。すごく胸がドキドキした。

店員さんは暗い道に立って待っていてくれた。
私を見つけると両手を広げて、
おいでー!!
と言った。女というのはおいでと言われるのが大好きな生き物だ、しかしそれを恥ずかしげもなく言うのは少女漫画のキャラクターしかいないだろう。
私はそのまま店員さんの腕の中に飛び込んだ。するとぎゅってしていい子だねー!!と褒めてくれた、天国かここは。

お店ここだからと言われてお洒落なバーの入ったら店員さんの友達もいたのでがっかりしてしまった。
2人きりじゃないのか。
でもそうだよな、おいで!なんて言う相手はごまんといてたまたま今日私の気分だったのかもしれない。落ち着け落ち着け本気にすんなと自分で言い聞かせた。
でもお友達を紹介してくれたこと、新しいお店に行けたことは楽しかった。二軒梯子して私は帰るね、というと朝まで飲もうよと言われた。しかしながらここは最寄駅ではない。メイドカフェはお昼からなので寝なきゃ仕事に支障が出るからと断った。英断だと思う。

残念、また飲もうねと彼が私の肩に手を回した。

必死に平静を装ったが気になる異性にこんなことをされてドキドキしないのは無理な話だった。

別れてからすぐにLINEがきた、今日はありがとう、また飲もうねと。
マメな人なのかもしれない。勘違いするなと自分を抑えつつ、気になる異性だったはずの店員さんのことは完全に好きな人になっていた。

私が店員さんと知り合って半年が経つころだった。

これと言った進展もなく、ただ私は店員さんのことが好きでお店に足繁く通っていた。付き合えるとも思ってなかったし私は店員さんの顔が見れればそれでよかったのでお店で会える時はドリンクをあげた。毎回ビールを飲むので余程好きなんだと思う。
でもこれにはバックがつくのか、店員さんの収入が少しでも潤うのかは聞けないままだった。
夜通しお酒を飲むお仕事だから私の時くらいはオレンジジュースでもいいじゃないかと思ったしそれは思い切って言ったけどビール好きだし!と言ってずっとビールを飲んでいた。

この場所で呼ばれる私の源氏名はメイドカフェで呼ばれる源氏名と違う感じがしていた。少し本当の自分を出せているような気がしていた。
けれど始めに源氏名で答えてしまっているからもう自分の本名言い出せないでいたのだった。それに、私の名前なんて店員さんはどうでもいいのだろうと思う所詮は客である。日頃、メイドカフェで働いている私は誰よりも客と店員の立場を理解しているつもりだ。でも自分が客側になるなんて思いもしなかった。


雨が降りしきるある時、また店員さんと2人きりだった。
ひとしきり話をした後、店員さんが私の手をそっとさわって真剣な顔つきで私にこう言うのだ。

バックヤード、鍵かけれるから誰も来ないけど、来る?

ふれられた指に熱が灯った。私は全身の血液が沸騰したような感覚になった。
成人している男女が密室で2人きりになるというのはつまりはそういうことだ。
突然だったしどう答えたらいいか分からなくて、でも、行く、と言いそうになった時、お店の引き戸が開いた。

よー!雨強くなってきたよー!

私はその瞬間我に返った。
お客さん来てよかったね、私帰るね。
そう言ってそそくさと傘を持った。

帰っちゃうの?雨降ってるから気をつけて帰ってね、
と言われた気がするが全身が熱くて心臓がバクバクしているなんだか恥ずかしくて早く去りたくて駅まで走った。

ぼんやりと電車に揺られて家に帰ってから思った。店員さんも私のことが好きんんじゃないか。
いやいやでもそんなの私が都合よく解釈してしまっているだけだろう。
あんなに可愛い子、彼女の1人や2人いたっておかしくはない。
たまたま、今日は私に関心が向いただけだと。

次、どんな顔をして行ったらいいかわからなくて私はあのお店に暫く行けませんでした。

私は一生懸命働く日々をこなしていました。
少なくとも働いている時だけはあの時のことを忘れられたのです。
あんな気持ち、なったことなかった。私は恋に落ちていた。
28歳で恋に落ちてしまうなんて。



でも、私が懸命に働いている日々の中、店員さんから連絡は来なかった。



暫くして、やはり店員さんに会いたくなり私はお店のドアの前に立った。
引き戸を引いて入ると店員さんがいた。よかった、今日は出勤日だったか。
いつも通りみんなと楽しく話をした。この前の出来事は幻だった気がする。
もう帰らなきゃという時間になり私が店を出ようとすると店員さんが駅まで送っていい?と言ってきた。店員さんなんだからお店ほったらかしてはダメなのでは?と思ったが少し店員さんと2人で駅までの夜の街を歩いた。

来てくれてありがとうね、なんて普通の話をしたのに突拍子もなく、

ちゅーする?

と聞かれた。道のど真ん中である。
普通に人は歩いているし斜め前は牛丼チェーン店だからそこから見えてしまうかも。それなのに私ったら

する!

って言ってしまった。
可愛い顔が近づいてきて唇と唇が触れ合った。
さっきまで飲んでいたアルコールが一気に身体に駆け巡った。
目の前がくらくらした。キスなんて別に初めてでもないのに。

なんて自由で愛らしい人なんだろう。
私のこと好きじゃなかったらキスなんてしないはずだ。
これは喜んでいいやつだ。

一気に酔いが回ったので電車に乗ったときふらついてしまった。全然飲んでないのに。家に着くころスマホに目をやると店員さんからLINEがきていた。

可愛かったよ

もう遊ばれてもなんでもいい、この人が好きでたまらなかった。

名前、なんて言うんですか、本当の名前。
私が聞くと店員さんは驚いたように答えた。
LINEの名前本当に本名だよ。
と嘘だー!こんな源氏名みたいな名前あるか!と思ったが免許証見せてくれた。そこにはLINEと同じ少女漫画みたいな名前が堂々と書かれていた。

そっちこそ本当は違う名前でしょ。
と言われウゥッときた。
でも私はもう仮面をとる覚悟ができていた。

私の本当の名前はーーーーーーーー


自由で可愛くてビールが好きな私の好きな人。
そんな人の好きな人は私になっていた。
メイドカフェ勤務、28歳。幸せを手に入れてしまった。

そう言えば、店員さんがお酒をもらってもバックはつかないんだと教えてくれた。
今度はお互いのお家で飲もうねという話になった。











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