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恋に破れて。

久し振りだねって友達にラインを送って、そうだったけ?って返信が来る。長い間連絡しないでごめんねってラインを送って、いや別にと返信が来る。ツンデレってやつなのか。わかっているぜ。サンキュー。いつも気にかけてくれてありがとう。心の中でそう呟いて、スマホを枕元に放り出した。ここんとこ忙しかったからね。いやホンマに。

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何をしていたのか、というと、恋をしていたのであった。素敵な少女と二人、いろんな所に出かけたり話をしたりしていたのであった。なので、とても友達などに連絡を取る暇は無かった。もちろんフラれた。彼女に注いでいた優しさが急に行き場を無くして、スマホの先のツンデレな友人に向かったのだった。

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ひょんな事で二人は出会い、百科事典一冊分ほどの際どい距離を保ちながら、海に行き、映画館に行き、そして電車に乗った。

それは素敵な季節だった。どこにいても、何をしてても、巨大で透明な光の腕が僕の両眼を塞いでいた。僕は何も考えていなかったし、安心して騙され続けた。元気?と聴くと、向こうは元気だよって答えた。そう、って言ってぶらぶら川沿いを歩いた。口をぽかんとあけて、夕焼けに赤く澄んでいく空を見ながら、僕はどこまでも歩き続けた。そのうち、背中からさっくりナイフを突き刺すようなメールが来て、僕はまたしても一人になった。孤独な頭は考えることを辞めない。何も考えなかった季節を取り戻すかのように、僕は思考の鬼になった。でも、そんな事を誰かに言ったり、どこかに書いたりするのは辞めよう、と思ったのだ。言葉の中に、自分を求める作業は、とても疲れるし、無駄な事が多い。そんな風に考えている。

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結局、思考の鬼になった僕が出した結論がこれである。「…………。」ただの沈黙。優しい嘘で、全てを誤魔化し、綺麗な風景の後ろに、嫌な記憶を埋めるのだ。僕は何も言うまい。沈黙こそが善だ。

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悲しい連絡が来た日、僕はただ部屋の掃除をしていた。台所の埃をぬぐい、細々した物を整理し、風呂をたわしで擦った。綺麗な部屋でのむコーヒーは幸福な味がした。こんな風にして、慣れない手つきで洗濯物にアイロンをかけながら僕は思った。こんな風にして、幸福という物は、与えられるものでは無く、自ら見つける物なのだ。そこら中に、僕にふさわしい幸福がごろごろしている。それを一つ一つ拾い、埃を拭って、アイロンをかけ、ポケットにしまうのだ。白い部屋の中で、確かに僕は幸せだった。自分を如何に愛することが出来るだろうか、自分を愛してくれる人たちの所に、どれだけ長くいれるだろうか。今思うのは、そんなところだ。

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元気で行こう。勉強をしよう。僕は、僕が為りうる事が出来る物の中で、一番美しい物に為りたい。他人が見て、醜いと感じても良い。卑怯なままでも良い。自分という枠を越えて、何かをしようとしても駄目だ。僕が為りうる事が出来る物の中で、一番美しい物になる。白い部屋の中で、僕はその様に思っている。相も変わらずお調子者で、卑怯者で、間違いばかりしてるけど、少しずつ良くなっていくだろう。私は、確かに私が好きだ。

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