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目指すは世界一強い女の子

 小学校に入って初めての夏休み、1日目。ドキドキしたことを覚えている。せっかくの夏休みだというのに、私は遊びに行くこともせずに家で本を読んで過ごした。
 母が仕事に行く前に、2冊の本を渡してくれたからだ。
「今日の分のワークと漢字練習3ページが終わったら、この本読んでいいからね。」
 目の前にあるのは、人生で初めての“厚い本”。学校の図書館に置かれている1年生向けの絵本にはそこまで興味が持てなかったし、私はこの“厚い本”を渇望していた。
 表紙にはカラフルなベッドに寝そべる男の子と、親指サイズの小さな男の子が描かれていた。『親指こぞうニルス・カールソン』は、間違いなく私の人生を変えた1冊だ。

 数年ぶりに母が上京した。私がごねたためである。どうしても、母と見たいものがあった。
 『長くつ下のピッピ展』。大好きな作家・リンドグレーンの作品にまつわるものが一堂に結するという。その情報を目にしたとき、これは見に行かなくては!ということしか頭に残らなかった。そして、母に知らせなくては!とも。
 予定というものは、あまりにもふんわりとしていると断られやすい。会期を確認して、色々と調整して休んでほしい日を指定した。
 結果、母は3日も休みを取ってくれて、のんびりと内容濃く過ごすことが出来た。
 私とリンドグレーンの作品と出会わせてくれたのは、他でもない母である。母が居なければ、私があのたくさんの作品たちに触れることはなかっただろう。小学4年生のときに学校の図書館に全集が加えられた時、どれほど嬉しかったことか!読み終わったものも、まだ読んでいないものも関係なく、とにかく端から端まで何度も読んだ。
 私以外に借りている人を見かけたことはなかったから、私のために入れてくれたと言っても過言ではない。先生分かってる!と感激していた。ずいぶんと都合のいい脳みそである。

 小学1年生の夏休み1日目、『長くつ下のピッピ』と『親指こぞうニルス・カールソン』が目の前に置かれた。
 そのときの私は、“長くつ下”よりも“親指こぞう”に心惹かれたらしい。ベッドの下にいる小さな男の子の正体が知りたくてうずうずしていた。
 出された課題をさっさと終わらせて、興奮で指を震わせながら箱に入れられている本を取り出した。
 ベッドの下から姿を現す小さな男の子、キレビッペン、自分の顔くらいのミートボール、ポケットにすっぽりと入る相棒。
 どれも幼い私にとっては、魅力的だった。買ってもらったばかりのベッドに飛び出た釘はないか、ベッドの下にもぐって血眼になって探した。
 そうすれば、私も小さくなって顔くらいの大きさのミートボールを食べられると思ったから。砂浜で作るトンネルみたいに、端から同時に食べていって貫通させるのである。いいな、いいな。
 その本を読んでから、私は毎日自分の部屋に小さな男の子が現れないか、胸を弾ませながら待っていた。
 ピッピを読んだあとは、力持ちをアピールしたくなった。ピッピみたいにちぐはぐなくつ下を履く勇気はなかったけれど、いろんなものを持って「力持ちなんだよ!」って言ってみたかった。
 しかし、私はひ弱である。残念ながら、どんどん太くなる腕にこびりついているのは筋肉ではなく脂肪ばかり。胸をはって、力持ちだと言える日は遠そうだ。
 『やかまし村』を読めば、おままごとへの情熱が燃え滾ったし、落ち込んで下を向いて歩くのも悪いことばかりじゃないと思えた(事実、お金を拾う回数はグッと増えた)。ショウガ入りクッキーへの憧れはやまず、牧草でつくる迷路と秘密基地はまだ諦めていない。チャンスをうかがっているところだ。
 『ロッタちゃん』を読んで、家出のための荷造りをしたことだってある。しかし、残念ながら私はチクチクセーターを持っていなかった。相棒のブタのぬいぐるみもなかったから涙を飲んで諦めた。
 “夕あかり”の時間は、窓をじっと眺めてしまう。私を夕あかりの国に連れて行ってくれるリリョンクバストさんが来てくれると、今でも待っている。街にぽつぽつと灯りがともっていくなか、私はグッと我慢して彼の訪れを待つ。みんなこらえ性がないから、あの美しい国に行けないのだ。
 健康体な私が夕あかりの国に行くにも、まだ少し時間がかかりそうなのだけど。
 とにかく、一つひとつの作品への思い出がたっぷり詰まっている。初めて手に持ったときの重さと興奮も。
 だからこそ、やっぱり母と話しながら見たかったのだ。
 本というものは、人生を形作ってくれるものだと思っている。今の私がいるのは、間違いなく母のおかげ。夢見がちで、妄想が絶えなくて、いつでもミュージカル気分の私は、母から渡された1冊の本がきっかけで作られた。
 何を考えていたのか、何に憧れていたのか。リンドグレーンの作品を前にして、母と話したかったのだ。

 色々と電車を乗り継いで、待望の美術館の前。ポスターやらと一緒に互いに記念写真を撮りあって、いよいよ展示物たちとの対面だ。
 カラフルでパワフルなピッピを前にして、旧友と会ったような、なんだか懐かしい気持ちになって涙がにじむ。私が心から友達になりたいと思った一人の女の子が、目の前にいる。
 懐かしいな、という気持ちより先に、久しぶりという言葉が浮かんできた。やっと会えたね、って。トミーやアンニカがうらやましくて、もし私がみんなと一緒にピクニックに行ったら……なんて想像してたっけ。
 ふと隣にたたずむ母に視線を向けると、やはり懐かしさでいっぱいらしく、瞳には薄く涙がにじんでいた。
 ここまで喜んでくれたら、私もごねた甲斐があったというもの。それから、いろんな思い出と共にそれぞれの作品に触れていった。
 母の幼いころの話を聞いて、やけに感心したり、羨ましがったり。ふわふわと夢ごこちで、ピッピたちと一緒に幼い自分に会いにいった。

 次に行くならスウェーデンの田舎町がいいだろうか。そして、なんといってもプリンスエドワード島!リンゴの木の並木を、袖が膨らんだワンピースで歩きたい。母と行きたい場所はたくさんある。
 一般的に大人と呼ばれる歳になったけれど、私はまだまだ子どもみたいだ。
 だって、夕あかりの国にも行きたいし、ベッドの端から小さな男の子がひょっこりと顔を出してくれるのも待っている。隣に、そばかすが魅力的な女の子が引っ越して来ないかなぁと想像することもある。
 いつか、世界で一番強い女の子になるために。まずは、お猿のニルソンさんと仲良くすることから始めようかな。

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 リンドグレーンの作品一つひとつに、読んだときの思い出もたっぷりつまってます。おもしろ荘も大好きだったなぁ。
 そして、食べ物がすっごく美味しそう!コケモモが食べたくて仕方ないのは、間違いなくリンドグレーン作品の影響です。

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