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突然のスリルにご用心

 シャワーを浴びている最中、顔を洗っていたら音も立てずに灯りが消えた。チカチカと、寿命を伝えるわけでなく、当たり前のように浴室が暗闇に包まれた。

 その瞬間、心臓がひゅっと音を立てて縮んだ気がした。あくまで、気がしただけ。声を上げることもせずに、私は顔を手で覆ったまま動けなくなってしまった。人間って本当に驚いたときは声が出ないものなのね……。

 風呂場の照明が消える理由が思い当たらない。なにせ、私の家の風呂場の電球は4月に変えたばかりなのだ。一度、安いもので済ませたら思ったよりも早く消耗してしまって参った。元気に働いていたのは、せいぜい2週間というところ。リビングのように長い時間過ごす部屋でもないのに、と100円もしない電球を外しながら虚無感に襲われた。安物買いの銭失いとはこのことだろう。1円でも無駄にしたくない、独り暮らしである。無駄になってしまった100円に思いはせながら、せっせと正規メーカーのものに取り換えた。

 生活に関わるもの(ティッシュペーパーやトイレットペーパー以外)は、きちんとしたメーカーのものを買うのが得策ね、やっぱり。これでいいや、で済ませるのは無駄遣いの典型であると学んだ春だった。

 そう、そして上述したように、私は学んだ上できちんとしたメーカーのものを購入したはずなのである。ド○キで買ったのがダメだった!?と困惑しながら、水やガスも無駄にできぬと粛々と顔や身体を洗っていく。

 真っ暗な浴室には、水の音だけが響いている。視界は湯気で輪郭がにじんで、排水溝の黒だけが、はっきりと見えて底抜けの恐怖を感じる。いつもは何ともない真ん丸な穴だというのに、シチュエーションが違うだけでこんなにも受け取るものが違うなんて。(物理的にありえないけれど)ここから手が出てきたらどうしよう、今流れている水に変な色が混じったらどうしようと、とんでもない考えが混乱した頭をぐるぐると駆け巡る。一瞬でも暗い浴室から目を逸らしてはいけない、と目を開けたままで洗顔をする。こんなことをしたのは、いつぶりだろう。無防備な背中が、暗いというだけでそわそわとしてくる。圧倒的に防御力が足りない。ここで一突きされたら……私は終わりである。

 いかにも気が強そうに見られる私であるが、意外とお化け屋敷とかいうものが苦手である。体感型のホラーは勘弁してほしい。ホラーゲームも右に同じく、である。

 しかし、私がこの日、これほどまでにびくびくとしてしまった理由はもう一つある。

 それは1枚のDVDの存在だ。昼間に、私はあるDVDをレンタルしてきた。

 それは、『チャイルドプレイ2』。あの車だろうが、家だろうが、寝ていようが関係なく、容赦なく襲ってくるチャッキーで有名なアレである。ホラー感よりもコメディ色が強くて、私は結構お気に入りなのだが……こんな状況に陥ってしまうと話はまた別である。

 ありえないと笑ってもらってもいいが、シャワーを浴びている最中に背中から首を絞められるのではないか、剃刀で刺されるのでは?もしくは首元を切り裂かれるのではないかとヒヤヒヤしていた。だって、あのチャッキーだ。どこでもお構いなしに、因果関係などなく人も殺していくあのチャッキーなのだ。

 私は体を洗うのもそこそこに、適当にオイルを塗って明るい部屋へと逃げ込んだ。こんなときでも、オイルを塗り忘れない私の女子力は称賛に値するはずだ。盛大に褒めてもらっても差し支えない。

 照明が消えてすぐに、接触が悪いのかな~と何度かスイッチを押してみたが、浴室の闇が去ることはなく。背中から聞こえるシャワーの音で不気味さは上乗せされていく。川の音や雨の音は穏やかな気持ちにしてくれるけれど、シャワー音という人工的な技術によって生まれる音というのは中々に差し迫るものがある。

 今、後ろから首を絞められたら……?

 裸で血にまみれながら死んでいる自分の姿を想像して、ゾッとする。独り暮らしの私には、異変を感じてくれる人などいない。誰が私の死体を見つけるのだろうか、なんてどうでもいいことを考えるのが、私が私である所以だ。

 急いで浴室を出たとして、部屋にチャッキーがいたらどうしよう。そんな謎の不安が私の焦りを掻き立てて、心臓を暴れさせる。

 これほど生きた心地のしない入浴って久しぶりだ。12年ぶりくらい……?

 小学5年生の時に私が独りでお風呂に入っていた最中のことである。父は歯磨きついでに浴室の電気を消してクッパの声真似をした。何を隠そう、私はクッパの声がホラー的な意味で大嫌いである。キャラクター自体は好きでも嫌いでもないのだが、声だけはどうしても受け付けないのだ。スーパーマリオ64をしているときも、ピーチ姫の肖像画がクッパの肖像画になる階段を通るのも嫌だったし、ライフが0になってクッパの笑い声でステージが締めくくられるのを聞きたくなくて難しいステージに挑戦することもなかった。とにかく嫌いだった。次点で嫌いなのは、背中を向けると襲い掛かろうとしてくるテレサ。奥ゆかしいフリしてんじゃねぇ!と、とにかくイラついてくる。

 そんな私のことを知っているはずの父の暴挙。幼い私が泣いたことは想像に難くないだろう。

 さて、浴室の照明であるが時間が経ったら反応してくれるようになった。

 ……接触が、悪かったのかな?

 あんまり考えすぎると嫌な方向にしか進まないから、気にしすぎないことがにしておく。実際に、チャッキーに襲われることはなかったし。

 とにかく、私が言えるのは『チャイルドプレイ2』は最高だったということくらいだ。

 チャッキーのクレイジーさって、本当に最高。前作の登場人物のわきの甘さが今回はなく、ただひたすらに共に闘う義理の義姉弟の姿には胸が熱くなった。そして、煙草を嗜む少女の美しさである。あの危うい色っぽさ……もたまらないものがあるわぁ……。

 そして、子どもの言葉を信じない大人というものも、現実的でいい感じに胸糞悪かった。私だって、『グッド・ガイ人形が襲ってくるんだ!』と泣きつかれても、うまく対処できる気はしない。

 リアルとファンタジーが入り混じった、あのカオスさが私に爆笑をもたらしてくれるかもしれない。

 柔軟に動きすぎるチャッキーの顔も面白い。あれ、どうやって動かしているのかなぁ。

 チャッキーの怖さはホラーというよりも喜劇に近い気がする。サイコホラーが好きな私は、暴力的な怖さはあまり気にならない。血が噴き出しすシーンは頑張って訓練した。『ライチ☆光クラブ』を観るために。あの映画、大好きなんだ……。

 あ、でも、現実味がなくても邦画のホラーは絶対に見ません。面白いと言われても、絶対に。ちゃちなホラー番組ですらアウト。同じ言語を話しているというだけで、私の生活に密着しすぎている。そんなものを見てしまったら、私はどうやって生活をしていいのかわからなくなる。

 とにかく、私はチャッキーに襲われることなく、今日も『チャイルドプレイ』を見ている。

 ……ただ、いつ襲われるかはわからないから、私が理由もなく姿を消したらチャッキーの仕業だと思ってほしいと生徒たちには伝えておいた。

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