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京都暮らしの春巡り。梅小路公園で一足早い春の香り

京都が大好きで、気づけば京都に暮らし始めていた。京都には有名な寺社仏閣がたくさんあり、観光客の心を惹きつけて止まないけれど、この1年ちょっと京都に暮らして思うのが、京都の魅力は日常にこそある、ということだ。

京都に暮らし始めてから、昨日と今日と明日のそれぞれの景色の移り変わりをこの目で確追うことの楽しさを知って。春夏秋冬だけでなく、春と夏の間、冬と春の間、季節の移り変わりの美しさを愛おしいほどに感じられる。その移り変わりを体感できるのが、旅行と暮らしの決定的な違いだと思う。

そんなわけで、京都暮らし2年目の春。今か今かと待ちわびていた京都の春の訪れと、春の京都で暮らせる喜びをちゃんと記録として残しておこうと思います。4月の桜が満開になる頃には、どれだけのnoteが生まれているかな。

(去年のnoteも含め、こちらのマガジンにまとめていきます◎)

梅小路公園で、一足早い春の訪れを感じる

春の訪れをうっすらと感じ始めたのは、2月に入ってすぐの頃。2月とは思えないくらい、暖かい日が続いたときのことだ(残念ながらその後すぐに寒さは逆戻りしてしまったけれど)。

いつも通り、近所にある梅小路公園を散歩していたときに、気づけば公園の隅っこにある梅園にピンク色をした花々が咲いていた。思いもよらない春の訪れを感じるとすぐに、大好きな京都の街に美しい春の景色が広がることの幸福を思う。もうすぐ、あの浮足立つような季節が始まるのだ、と。

晴れた日の梅小路公園は、本当に気持ちがいい。

梅小路公園へは週に2、3回散歩がてら訪れていたけれど、梅が咲き始めてからは散歩のルートを変えながら毎日のように訪れていた。少しずつ梅の花が咲き誇っていく姿を眺めているだけで、憂うつな冬の寒さと日頃モヤモヤとしている気持ちが和らいでいく気がする。

青空に映えるピンクが綺麗で綺麗で。
ゆっくりと見頃を迎える瞬間を見届ける。

見頃を迎えたまさにその瞬間を眺めるだけでなく、その過程をゆっくりと味わう。それは近所に住んでいるからこそできること。枯れ木から、蕾が開き、花が咲き、咲き誇り、見頃を迎える。この過程をじっくりと感じて、ただ目の前の景色の移り変わりを見届けていく。ルーティンと化していた日々の散歩に、言葉通り花を添えてくれるような楽しみができた。

まるで絵画のようなコントラスト。
一つひとつの花の様子を観察していく。
観察していくと、目の前の花びらに愛着がわいてくる。

京都に暮らし始めるまで、梅を見に行こうとはあまり思ったことがなかった。桜ばかりに気を取られて、2月の上旬からこんなにもひっそりと春の訪れを知らせてくれる存在があることを知らずに生きてきたけれど。京都に暮らし始めて、春だけじゃなく季節の一つひとつをじっくりと味わうようになってから、より一層春が大好きになった。

公園で時間を過ごす、ということ

春が大好きになったと同時に、京都に暮らし始めてから自然の中で過ごす時間が大好きになった。鴨川をひたすら歩いたり、公園でレジャーシートを敷いてのんびりと過ごしたり。これまでとは決定的に違う時間の過ごし方をしていて、その時間の豊かさが、私をさらに京都好きにさせているみたい。

お弁当に残り物を詰めて、プチピクニック。
太陽の光を浴びながら食べるのはなお一層美味しくて。
思い思いに過ごしている、そんな景色が好き。

例えば、「天気が晴れだから、外で過ごそう」。限りなく単純な思いつきだけれど、この選択を迷いなくできる今の暮らしが心地いい。仕事の合間に散歩がてらお昼ごはんを食べたり、ベンチに腰掛けて本を読んだり。休日にはたくさんの人であふれかえる公園の片隅で、シートを敷いてピクニックをする。

パンとコーヒーとフリスビーがあれば、ばっちり。

数少ない休日の過ごし方を、こんな過ごし方をしようと選択ができることが何よりも心地いい。何も特別なことをしなくてもいい。真っ先に公園に訪れた春を、ただ必死にかき集めて、味わっていたいだけなのだ。

じきに京都の街は桜のピンクで埋め尽くされるだろうけど。今はただ、春の訪れを私に知らせてくれた近所の公園での時間を、ひっそりと楽しんでいたい。寒さと暖かさが混ざり合った今しかないこの気候と、日々移り変わる花が咲く過程を、愛してやまない京都の街で、ただただ味わっていよう。

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