レズビアンな全盲美大生 読ー7 教授先生

4日目
 昨日の名残で若干気まずいが、彼女たちはもう忘れているようだ。そんなことは無いはずだが動作には一切出ない。晴眼女子に比べより秘密な空白部分を埋めて満足しているのかな。
 ぶっ飛んだ美大生は時折面目躍如な記事があるけど、ひっそりな二人がひっそりとぶっ飛んだことをしただけか。
 切なる知識欲の発露と理解してあげよう。

 作品を見せてあげるとアトリエに連れていかれた。ここで描いていたのか。Dアトリエと書いてある。
 おーおーと入室してくるは誰だろう。
「せんせい」
「オー我がみゅーずにおいて、おかれてはおんご機嫌は如何なるかな」
「教授先生におかれましてはご機嫌麗しゅうアメリカザリガニ」
「おー、範にしたいおー」
 なんじゃこいつは!
「そこにいる影は誰じゃ」
「6浪めでロリアン」
「ふん学校には来ないでこんな所には出没しておるかノン」
「申し訳ないでおさわりガニ」
「さておー、完成したおー?」
 えー、まー、いちおー。
「なんじゃおー、たよりないおー、みせたもれおー」
 手伝って、と壁に立てかけられた10数枚の引っ越しで使う養生の板を番号順に並べて、なんだーこれは、と思いながら、並べたよ、と主役を降りた。
「で、おー、タイトルは決まったおー」
「先天盲のウインドウにしようかと」
「なんじゃーおー、まんまじゃねえかよー、そいつはだめまりんおー」
 板一枚一枚がウィンドウなのか。触角の記録のように見える。
「どうするよー。A1に展示しようおー」
「A1ですかー、広すぎますよー」
「広すぎるって、分かるのかよーよー」
 笑っちゃう会話だな。参加したら可笑しくなる。一枚一枚に集中しよう。絵の具で切り裂かれたものが数枚ある。非常に鋭い線だ。石が幾輪にも張り付けられたものがある。発泡ウレタンを熱変性させたのかな。ヌルヌルした触感はスライムかな。材質は何種類使っているのだろう。美月に説明させよう。
 これは何だい? 
 私たちの壁のイメージ、時々突き刺される、もやもやしたものから突然突き刺される。それをバシッて投げつけて描いた。
 もやもやは? ティッシュを丸めて色を付けてポンポンしたり板で押し広げたりした。
 色は? 色はイメージ、出来るだけ暗い雲の色、ところどころ背後の月光で明るくなる。それは確認する。

「歩くのを邪魔するように配置すればいいのよー、それにオリオン、天井から吊るそうおー」
「じゃタイトルは障害とか」
「まんまじゃねーかおー」
 硬いうさぎのはく製。肌さわりは滑らかだけど叩けばコツコツ返る、一体を示さない、人工物の中身、バラバラにしてコンポジション。
「じゃ夢とか」
「夢! なんとも恐ろしいゾゾ。だかぞー、おまえっち夢見ないんじゃね」
「夢くらい見ますよ。映像のない夢見たことないんですか」
 えっ、夢を確認した。

 足元、突然開く暗黒、段差。踵の厚みくらいだった、ほっと安心。何もなかった。戻る日常、色を水平にうねうねした。真ん中水平に空白がある。
「夢はダメダメよー。どんな夢って想像させちゃだめでんす」
 想像させちゃダメなのか。想像させるのが主意じゃないのか。これは? 計画。計画?なんの? 男。男を計画? ??だな。いろんな色を手で置いた。美憂は楽しいというから明るい色を置いた。たぶん明るい。確かに明るい。紫がある。この紫は? 分からない。厚みは段ボール? そう苦労した。
「お前っちは名前は? よー」
「たすく君です」
「たすく! いいじゃねーかよーおー」
「たすくって夢とつけるのと変わらないですよ」
「そうかよー、 じゃ、だすくにしようおー」
 俺の名前が使われるなんて傑作だ。
 この区分けされた色は? 
 空。
 区分けされてるよ。
 東の空、南の空、西の空、北の空。
 空が東西南北に分かれている?
 そう色的、気分的に、言語化された抽象の模倣。
「A1やめて螺鈿階段のホールにしようおー。そのほうがいいよーおー。どうおもうよー」
 聞かれて美憂は戸惑っている。
「枚数的にその方がいいんだよー」
 美憂はどうぞご自由に的な顔をしているが、
「裏が見えちゃいます」
 と単調だ。
「裏かよー、なんか布とか適当に揺ら揺ら張っておけばいいよー、前衛だよー」
 美憂はイメージしている顔をしている。
 これはなに? 
 搔き消すもの。
 掻き消す?何が何を消している? 
 美憂のママは異常。雨が降ると美憂を外に連れ出した。雪の時も。それで美憂は雨も雪も好きになった。だから雨が降るとみんな大迷惑、なぜなら外に連れ出されるから。それで雨が降るとみんな隠れる。先生は小さな子を非難させる。でも美憂は耳も鼻も良いからよく捕まる。
 でも美憂だって街中で雨に会うと途方に暮れる。音が消される。

「お前っち単位はあるんかい? おー」
 突然振られた。全く信じちゃってるのか。
「上等な酒持って来いおー。一晩議論出来たら卒業させてやるおー、とっとと出てけおー」
 なんか分からないけど。雨が斜めに降っているのは分かるけど他は何?
 浮世絵の庄野宿が分かるのは美憂だけ。
 線の雨は美憂が描いた。ぼてぼてんのボールは私の雨。下の方は雨がたまっているのが分かる? 
 膝くらいありそうだよ、何か埋まっている。
 それは靴、美憂が描いた。雨には赤い靴だって。
「ははー、ありがとうござりんすはミューズ」

 先生は、おーおーとドアに廊下の暗がりに吹き出しを浮遊させ帰った。
「すごい先生だね、でも君たちに目をかけてくれてるみたいで安心したよ」
 話を聞いて片付けは慎重になった。
「バイト代出さないとね」
「手伝ってくれる級友にバイト代出してるのか。金で万事解決するみたいで嫌われるよ」
 二人はシンクロしてちょっと首を竦めた。私が何でもするのは気持ちいいみたいで鼻歌が出そうな雰囲気だ。
「私たちはぶつかって理解するからね。そこから始まる。晴眼者さんのインスピレーションと同じか分からないけど」
「じゃしょっちゅうインスピレーションを得ているのか、すげえな」
「まず危険か危険じゃないか同時に判断するから同時に広げたらダブルトリプルイメージが造れるかもしれない」
 同時に判断する? 瞬時に判断するじゃないのか? 同時は二つ以上の事柄が対象だ。
「私の現実がシュールレアリスムだったら笑っちゃうよね。ぶつかる、これは現実・物理的に、ことによって現実を把握する、でも象の足に触れて象を想像できない。この足の持ち主なら身長15mだって絵を描いたらシュールレアリスムになる、ね、きっと」
「単に大きいだけだよ」
「でも象の皮膚感だよ」
「気味悪いね」
「同感」
 同感してくれるのか。
「ライオンが抱きついてきたら、おー、これがととろかーと思うかもね」
「ははっ、シュールだねえ。でも犬くらいにしておいた方がいいよ」

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