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63.晦日(つごもり)

チームつくばタイトル

2019年9月28日。
第5回筑波大学記録突破会は、17時頃から始まった。
100m、200m、800m、1500mそれぞれ1レースずつが実施され、18時から長距離メンバーたちが出走する最終レース、10000mがスタートした。
スタート直後は一つのラインになっていたのが、徐々に2つに分かれ、2グループの集団走になった。

「箱根駅伝予選会の選手選抜を兼ねてるんです」

前回の訪問の際、川瀬くんがそう言っていた。
やはり、予選会での走り方を意識してるのかな。

(当日の様子。筆者撮影。関係者の許可を得て掲載しています)

私は、過去2回の箱根駅伝予選会と、陸上ファンたちの考察tweetなどから「箱根駅伝予選会における『集団走』戦術」なるものを学んでいた。
10人(走るのは12人)の合計タイムで競う箱根予選会は、選手全員が高いレベルで安定したパフォーマンスを発揮することが重要になる。一人でも大幅に遅れてしまうと、速く走った選手のタイムが相殺されてしまうからだ。
長距離走は、単独で走るよりも集団で固まって走る方が、体力の消耗が少なく良いタイムが出やすいらしい。体や気持ちの負担が軽く、風の影響も軽減できるからだろう。
自分自身そういう体験はないが、自転車競技やスキーのクロカン競技でも同じことがよく言われるので、理屈は理解できた。

中盤までは、2つの集団のまま順調に走っているように見えた。ラップタイムを伝えるアナウンスと、選手たちに声援をおくるチームメイトの声がトラックに響いた。
レース後半になると、第1集団で走っていた相馬くん、杉山くん、川瀬くん、西くんらが、走行ペースからこぼれて第2集団に吸収されていった。
一方、3年生の山下くん、2年生の伊藤太貴くん、1年生の岩佐くん、小林くんらが牽引する第2集団は、設定したペースをしっかり刻んでいるように見えた。

金丸くんと猿橋くんの二人が、トップ争いをしつつ最終周回を迎えた。ラストスパートだ。声援が一段と大きくなった。
二人がゴールした瞬間、ゴール周辺で歓声があがった。
後日、駅伝ファンの方("箱根駅伝をフリーダムに語っている人"@hakonankit さん)がまとめた解説記事を読んで、歓声の意味がわかった。

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(上記ブログより本文を画像引用)

金丸くんは3年振りに自己ベスト更新、猿橋くんは公式戦ではじめて10000mを29分台で走っていたのだった。

【余談】私のTwitterでは耳タコになるほどつぶやいていますが、この「3年目の秋でようやく30分を切った」猿橋くんが、1年後の箱根駅伝予選会で、日本長距離陸上界のウルトラエース三浦龍司さんと、日本人トップ争いのデッドヒートを繰り広げるのであります。
小説やマンガでも、そんなベタな設定ないですよ…(笑)

上記のブログの考察は、非常に鋭い。
当時の駅伝界隈ではほとんどノーマークだった伊藤太貴くん(第96回箱根駅伝の8区ランナー)や、快走を見せた1年生のルーキーコンビ、そして復活の山下くんをしっかりチェックしている。主力選手のタイム考察も的を得ていて、実際にレースを見学していた私の印象とほぼ一致する。

レース後、弘山さんに挨拶に行くことにした。
Yさんも一緒に連れて行きたかったが、相変わらず行方不明である。
しかたなくひとりでグラウンドに降りて、弘山さんとコーチ陣がいるフィールド内へ向かった。

弘山さんは、突然予想外の人物が現れて驚いた様子だった。前回、川瀬くんに記録会の事を教えてもらってやってきました、と説明する。
「今日は、ネットで知り合った筑波大ファンの人も連れて来たんです。勝谷さんの代から筑波大を応援してる人なんです。多分、その辺にいるはずなんですが…」と「応援仲間を見つけてきたんです」アピールしたが、本人が雲隠れしているので、説得力ゼロである。
もう!Yさん、一体どこへ行っちゃったの~!!!

レースの様子については、弘山さんは苦笑いしながら「今夜は湿度も高いし暑かったから条件が悪かったですね。あと合宿疲れもあるので…まあまあ、みんなよく走ったほうですよ。」と解説してくださった。
弘山さんの言葉の端々に「彼らの実力は、今日の数字よりもっとずっと高いところにあるんだ」という歯がゆさが見え隠れしていた。
私もそれは感じていた。選手全員が気合の入った、素晴らしい気迫のレースだったと思う。それは、直接見た者にしかわからない感覚だった。
自己ベスト28~29分台のランナーを2桁単位で擁する、強豪校の成績を見慣れている陸上ファンにとって、この日の選手たちのタイムは「筑波がんばってるな」とは感じても、予選会を突破するレベルまで実力が付いてきているとは想像できなかったと思う。
走競技の評価は、基本的にタイムという「数字」で判断される。でも、数字は単なる記号でしかない。実際に走っている姿を見なければ、「数字」の背後にある実態は掴みづらいのではないだろうか。
熱心な陸上ファンが、競技会や記録会に足を運ぶ気持ちが、ちょっぴりわかった気がした。

さて、ご挨拶も終わったし、Yさんを探さなくっちゃ。
遭難してたら大変だ…( ̄▽ ̄;)
競技場から出て、キョロキョロしていると、Yさんが暗闇から現れた。
競技場のあちこちからコッソリ撮影していたらしい。
Yさんは、池田くんをはじめ、プロジェクトを離れたメンバー達も競技場にいて、選手たちを応援していたことを教えてくれた。
その話をきいて、私は安心した。
今までとは別の関わり方かもしれないけれど、彼らの想いも箱根駅伝を目指すメンバーと一緒に走っているんだ。その気持ちが、きっとトラックを走る選手たちに乗り移っていたに違いない。

Yさんと二人、停留所で帰りのバスを待つ。空は昏(くら)かった。

そうか、今日は晦日(つごもり)か…

晦日の夜、月は天空にない。
明日の未明、朔(さく・光を放たない月)がゆるゆると東の空に昇ってくる。
朔から新月への月の変化は、「終焉と誕生」の象徴として、何千年も前から人々に崇められてきた。新月から月は徐々に満ち、やがて満月となるのだ。

箱根山からはるか遠い、筑波嶺(つくばね)に舞い降りた、個性豊かなセーラー戦士たち。
月の見えない夜空の下で、彼らは必死にもがいていた。

新生筑波大学が生まれいづる瞬間に、私たちは立ち会ったのかもしれない。

ふと、そんな思いが頭をよぎった。

関鉄バスの明かりが、揺らめきながら近づいてきた。
バスは二人を乗せ、暗く、広大な筑波大学の敷地を、つくば駅へ向かって走り出した。



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